朝日ヶ丘スミレ団

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■ ORDINARY DAYS

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 「ねえ、パーマン!こんなところで寝てたら風邪ひくわよ!」
 
 聞き慣れた声にゆっくりと目を開けたミツ夫は、自分を覗き込むミチ子の顔に
 焦点を合わせた。
 いつもの空き地の土管の上。午後の日差しは少しかげり、風がやや強くなっていた。
 パトロールの途中だったっけ。ついうとうととまどろんでしまったらしい。一体、
 どのくらい?
 「やあ、ミッちゃん。久し振り。…あれ?久し振りだっけ?」
 ぼんやりとした顔でマスク越しに頭を掻くミツ夫に、ミチ子が可笑しそうに
 笑いかける。
 「やだ、まだ寝ぼけてるの?朝も会ったじゃない。しっかりしてよパーマンたら!」
 「そ、そうだったね。だめだ。まだ眠気が抜けてないみたい。ちょっと一飛び
 して目を覚ましてくるよ。じゃ失礼!」
 言うがはやいか、ミツ夫はまっしぐらに上昇した。
 いつも見慣れた街角。眼下を見やると、カバ夫とサブが空き地に入り、ミチ子に
 挨拶したところだった。自分を指すミチ子の指を目で追ってこちらに気付いた
 2人が手を振る。軽く手を振り返したミツ夫は、そのまま家を目指して飛んだ。
 
 居眠りする前、何をしてたんだっけ。確か、パトロールの途中で…
 どうも記憶がはっきりしない。とりあえず一旦帰ろう。
 
 思う間もなく、家のベランダに音もなく着地する。

 「おかえり。ずいぶん遅かったね。宿題全部やっちゃったよ。」
 机に向かっていたコピーがそう言って出迎える。
 「遅かった?そんなに長い時間出かけてたんだっけ。何だか、何にもしない
 まま帰って来たみたいな感じなんだけど…」
 靴を脱ぎ、部屋に入りながらミツ夫はつぶやいた。
 「まあ、いいんじゃない。ゆっくり休むといいよ。ここんとこ働きづめだから。」
 マスクを取ろうとしていたミツ夫はその言葉を聞き、ふと手を止めた。
 働きづめ?いつ?ここしばらくこなした仕事って…何だったっけ。
 「どうしたの?」
 マスクに手を掛けたまま動かないミツ夫に対し、少し心配げにコピーが訊ねる。
 「やっぱりもう一回行って来る。何か忘れてる気がするんだ。」
 コピーの返事を待たず、ミツ夫は再びベランダに出ると飛び上がった。
 
 やらなくちゃいけない事が確かにあったはずだ。とにかく思い出さないと。
 とりあえず、仲間を呼び出そう。

 胸に着けた真紅のバッジを外すと、コールボタンに指をかける。
 「…あれ?これ僕のバッジだったっけ。でも僕のバッジは確か…」
 そこまで考えてミツ夫は首を振る。細かい事にこだわってる場合じゃない。
 まずは忘れてることを思い出さないと。

 「こちら1号。ブービー応答願います。ブービー応答願います。」
 すぐに元気なブービーの声が返ってきた。落ち合う連絡をしてバッジを切ると、
 高度を下げつつまっすぐに公園へ向かう。
 
 「あれ?なんでブービーだけなんだ?えーと……そう、パー子だ。パー子も
 呼ばないと。」
 再びバッジをコールする。しかし、何故かパー子からの応答はなかった。
 何かあったのかな。とりあえず、まずはブービーに会おう。
 かすかな胸騒ぎを覚えながら、ミツ夫は公園の時計台へ急いだ。

 すでにブービーは来ていた。
 「やあブービー。わざわざ呼び出してゴメン。実はちょっと訊きたい事があるん
 だけど。…どう言えばいいのかな。えーと……」
 そこまで言ってミツ夫は言葉に詰まった。思い出せないことが漠然とし過ぎて
 いて、話しようがない。
 不思議そうな顔のブービーに対し、ミツ夫はとりあえずもうひとつの疑問を
 投げかけてみた。
 「それはそうと、パー子はどうしたんだっけ?さっきバッジで呼んでみたんだ
 けど、返事がなかったんだ。何かあったのかな。」
 しかし、ブービーはやはり不思議そうな顔でキョトンとミツ夫を見上げている。
 目が訴えている。
 パー子って、何?
 胸騒ぎの募るミツ夫は、ブービーの肩を掴んで乱暴にゆする。
 「おい、しっかりしてくれよ!一体どうなってるんだ?パー子はどこだ!?」
 困ったように肩をすくめるブービー。埒があかない。ミツ夫はその場に
 ブービーを残し、何かに急きたてられるように飛び立った。

 闇雲に飛ぶミツ夫の中で、漠然とした思いはひとつの確信に変わった。思い出せ
 ない事。それはきっとパー子のことに違いない。この普段どおりの日常の中で、
 パー子の存在だけが自分からすっぽり抜けてしまっている。
 
 あのお転婆な性格。男勝りな口調。時おり見せる優しさ。
 そして、あの素顔。

 「素顔?」
 急停止したミツ夫は不意に浮かんだその言葉に妙な違和感を覚えた。
 何言ってるんだ。パー子の素顔なんて、見た事ないじゃないか。それが、何故……

 渦巻く疑念にさいなまれながら、ミツ夫はゆっくり着地する。
 その時。
 かすかな気配を背後に感じて振り返ったミツ夫は、3つの影が降りてくるのを
 目にした。小さな影はさっき別れたブービー。長身の影はバードマンだ。
 そして、彼らの間に見える影は。
 「パー子か?」
 目を細めて凝視しつつ、ミツ夫はつぶやいた。
 
 戸惑うミツ夫の眼前に、3人は音もなく着地する。
 所在なげに中央に立っているのは、確かにパー子だった。
 しかし、何かが違っていた。

 「君は…パー子なのかい?」
 まじまじと自分を見つめて問うミツ夫に対し、パー子は伏し目がちに応えた。
 「あたしよ。ミツ夫さん。」
 聞き覚えのある声。しかし、かすかに頭に残るパー子の声ではなかった。
 もっと前から知っている声。ついさっき聞いた声。
 「君は…ひょっとして…」
 いぶかしむミツ夫の眼前で、パー子はゆっくりとマスクのベルトを外した。
 ためらいがちにマスクを外した、その中から現れたのは。
 「ミッちゃん、君なのか。」

 「君がいない間に。」バードマンがゆっくりと話し出した。
 「ある出来事があって、パーマン3号は皆の前から姿を消したんだ。
 何があったかは、1号にだけは話さないでくれと彼女から釘を刺されている。
 我々も止めたんだが、彼女の決意は固かった。」
 「パー子さんは去り際に、あたしにこのパーマンセットを託していったの。
 いなくなった後、1号を、ミツ夫さんを支えられるのはあたしだけだって。」
 語るミチ子の口調はあくまで静かだった。
 
 「じゃあ、君はその時にパー子から僕の正体を聞いたのか。」
 静かに問う1号に対し、ミチ子は小さくうなずいた。
 「決して明かしてはいけないことだけど、あなたならきっと受け止めてくれる。
 そしてあたしのパーマンとしての宿命も継いでくれる。パー子さんはそう言って
 あたしに全てをゆだねたの。」
 いつしかミチ子は涙声になっていた。
 「そういう事なんだ。1号。」
 バードマンがミチ子の言葉の後を引き継いだ。
 「私としても3号の行動はあまりにも唐突で対処に困ったが、結果的には正し
 かったと思っている。あえて不問に伏して、ミチ子君には改めてパーマン3号
 としての任務を託したという次第だ。」
 黙って耳を傾ける1号に対し、バードマンが言葉を続ける。
 「1号。ミチ子君に素顔を見せてやってくれないか。彼女はこれまで、彼女
 なりに君の正体を受け容れようと葛藤してきた。しかし、やはり素顔を直接
 見ないことには気持ちの整理がつかないんだ。お互い、全てを知っていた方が
 気持ちは通じるだろう。彼女はパー子とは違うんだ。」

 黙ってその言葉を聞いていたミツ夫は、バードマンとミチ子の顔を交互に
 見比べた。

 やがて、マスクのベルトにゆっくりと手を掛ける。それを見たミチ子は、遠慮
 がちにミツ夫に近づいた。

 ふと、ミツ夫が手を止めた。
 「バードマン。ひとつだけ訊きたい事があるんだ。」
 その声は低く、強い意志がこもっていた。
 「さっき『君がいない間に』って言ったよね。それっていつの事だい。」
 答えないバードマンを見据え、ミツ夫は言葉を続ける。
 「さっき昼寝してた時か?公園でブービーと話した後か?それとも……
 宇宙に行ってた間か? 教えてくれよ。」
 語気を荒げるミツ夫の刺々しい声にミチ子が怯えた表情を浮かべるが、ミツ夫は
 彼女のほうを見ようともしない。
 「出来すぎてるくらいいつもどおりの日常だ。」
 ミツ夫の目は狂気を孕んでいるかのような光を宿していた。
 「だけど、そんな日常では繕えない部分があるみたいだな。」
 「いい加減にしろ、1号!」
 バードマンが一喝する。
 「3号の事を認めたくないのはわかる。しかし、受け容れるしかないんだ。
 それが目の前の真実と向き合うということだろう!?」
 
 「真実?…そうだな。真実は大事だよな。」
 そうつぶやいたミツ夫は、やおら向き直ると渾身の力を込めて自分の横に
 立ち尽くすミチ子を殴り飛ばした。
 誰もが不意を突かれた一瞬の出来事だった。吹き飛ばされたミチ子の体は2度、
 3度と地面で跳ね上がり、数10メートル先まで転がっていった。

 「血迷ったか1号!よりにもよってミチ子君を!」
 「ウキキャー。アキャー!」
 怒り狂うバードマンとブービーを尻目に、1号はゆっくりとバッジを外す。
 
 「目の前の真実と向き合えといったのはそっちだろう。」
 外したバッジを右手の中に収めたミツ夫は、その手をそのまま強く握りしめる。
 突起部分が指に突き刺さり、赤い血が手のひらを伝って地面に落ちた。
 ミツ夫は身じろぎひとつせず、黙ってバードマンとブービーを見据えた。

 鋭い痛みが伝わると同時に、全ての日常は瓦解した。

 見慣れた街並み。見慣れた青い空。感じ慣れた風。
 目の前にいるブービー。バードマン。
 そして、自分自身。
 全てが、白濁した静寂の中に消えていく。

 白い静寂は一瞬で消えうせた。
 切れ切れに見える陰鬱な霧。その霧の中に、荒れ果てた真実があった。赤茶けた
 岩が一面に散在する、苔むした荒野。その真っ只中にミツ夫は立っていた。
 相変わらず身じろぎひとつせずに見据えるその先には、ついさっきまでブービー
 とバードマンだった「もの」がいた。
 
 おそらくは植物から変異したのだろう。立ち枯れの古木を思わせる醜悪な生物が
 二体、筋肉質の枝を蛇のようにくねらせてこちらを伺っている。
 「樹怪」という形容がぴったりの怪物だった。



 「それが本性か。なるほど、化けの皮を被りたくなる気持ちはわかるな。」
 ゆっくりとバッジを付け直しながらミツ夫がつぶやく。
 「何とかしてマスクを外させたかったのか。それでこんな三文芝居を一席
 でっち上げたってわけだな。」
 「樹怪」を見据え、毅然と言い放つミツ夫の声は彼自身の耳にも明らかに先刻
 までよりも低く響いていた。

 すでに彼の背丈は青年の中でもかなり高いといってよかった。
 黒いマスクにグレーの隊員服。その胸には「B」の文字が小さく染め抜かれて
 いた。特徴的な切れ込みのあるマントが霧混じりの風を孕んではためく。

 白い幻を抜けて取り戻した、真の自分の姿だった。
 
 睨み合いの時間は短かった。
 手前の「樹怪」が、様子をうかがうように動かしていた触手状の枝を不意に
 全てミツ夫のほうに伸ばしたのだ。意外なほど俊敏な動きだった。
 しかし、同時にミツ夫も一足飛びに突進していた。加速をつけたパンチを
 「樹怪」の胴体に叩き込む。
 拳は肘近くまでめり込んだ。やはり基本的な構造は樹木と同じなのだろう。
 断末魔の唸り声を上げ、「樹怪」は薪を割るように真っ二つに裂けた。
 松ヤニに似た体液が飛び散る。
 振り向きざま、ミツ夫は背後に迫っていたもう一体の「樹怪」に回し蹴りを
 食らわせる。バキッという乾いた音とともに、「樹怪」の体は真ん中から折れた。
 泣き別れになった上半身が体液を撒き散らしながら弧を描き、数メートル先に
 落ちた。

 勝負はわずか数秒で終わった。
 息ひとつ切らさないまま、ミツ夫は傍らを一瞥した。
 最初に殴り飛ばした「樹怪」が、岩肌に叩きつけられてなかばめり込んでいる
 のが見える。奇妙な方向にねじれてつぶれた体は、すでに骸と化していた。

 「ミッちゃんを侮辱した報いだと思え。」
 背を向けながら言い放ったミツ夫は腕時計型のセンサーを確認すると、一気に
 飛び上がった。

 晴れる事のない霧を貫き、ミツ夫は音速を超えるスピードで矢のように飛んだ。
 
 最初に救難信号を傍受してからすでに4時間以上が経過している。
 (間に合ってくれ。)何度も心の中でつぶやきながら、ミツ夫は速度を上げた。

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 バードマン候補生の最終訓練のひとつに、『辺境星系のパトロール』という
 カリキュラムがある。
 「島流し」と呼ばれ、皆が嫌がる必須項目だった。あまり宇宙航行のルートとは
 関係のない未開の宙域を1ヶ月に渡って一人でパトロールする、いたって簡単な
 実習だ。
 しかし、皆が嫌がるのは内容の難しさではなく殺人的な「退屈」だった。

 だいたい、そんな辺鄙な場所で救難信号を拾う可能性などほぼゼロに等しい。
 事実、これまでの実習記録を見ても実戦といえる事故や事件に遭遇したという
 ケースはほとんどないのだ。
 何にもない宇宙を一人であてもなく1ヶ月もうろつく。考えただけでも頭が
 変になりそうな苦行だ。事実、このカリキュラムは実戦訓練というよりはむしろ
 一種の精神鍛錬を目的として組み込まれていた。

 皆が尻込みする中、早く一人前になりたいミツ夫は志願して実習に臨んだ。
 (物好きだなあ。)同期生たちのそんな冷やかしを受けながら出発したミツ夫。
 しかし彼はわずか2日目にかすかな救難信号をキャッチした。

 「運が良いんだか悪いんだか…」
 つぶやきながら急行したのは霧に包まれた未登録の惑星だった。しかし、その
 星は全体を一個とする巨大な「悪意」を有していた。
 霧にセンサーを狂わされたと気付いた時はすでに遅かった。着陸のタイミングを
 ずらされ、ミツ夫の円盤は岩肌に叩きつけられたのだ。はずみで投げ出された
 ミツ夫は気を失い、そのまま星の幻覚に取り込まれていた。

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 「あれか!」
 眼下に光を認めたミツ夫は急停止した。素早く全体の状況を確認する。
 中型の宇宙船が崖を背に着陸している前に、12.3体の「樹怪」が群がって
 いる。簡易バリケードを築いた宇宙飛行士が3人、貧弱な武器で必死に応戦 
 していた。どうやら彼らは何らかの方法で幻覚から醒めたらしい。
 (数が多いな。)ミツ夫は素早く腰のホルスターから熱線銃を抜いた。最前列の
 「樹怪」に狙いをつけて熱線を放つ。瞬く間に数体が炭と化した。
 他の個体が後ずさりした隙を突き、ミツ夫は一気に降下。宇宙飛行士と「樹怪」
 の間に割って入った。

 「あっ、バードマン!」
 3人の顔がパッと明るくなる。薄黄色の肌に水色の瞳。バード星で何度か見た
 事のある、アテリア星系人だった。
 「状況は?」
 再び集まりつつある「樹怪」の群れを見据えたままミツ夫が尋ねる。
 「通信士が一人やられました。何とか宇宙船まで戻っては来ましたが、宇宙船
 は2人以上いないと離陸の操作ができないんです。中に一人乗ってはいるん
 ですが、我々は応戦に追われてハッチに辿り着けなくて…。」
 「わかった。ここは任せて、みんな早く乗ってください!」
 迫り来る「樹怪」を一体熱線銃で仕留めつつ、ミツ夫は大声で言った。
 その声を受け、3人はもつれる足でハッチの中へあたふたと逃げ込んだ。
 ほどなく、宇宙船からかすかな駆動音が響いてきた。スピーカーが叫ぶ。
 『バードマン!早く乗ってください!離陸します!』
 さっきよりもさらに数を増した「樹怪」は、すでに目前に迫っていた。ここまで
 接近されては熱線銃は使えない。肉弾戦に切り替えたミツ夫は怒鳴った。
 「僕のことはいいからはやく行け!はやく!!」
 一瞬の間を置いて、ハッチが閉まる。同時に宇宙船は一気に上昇した。航跡
 すら残さず、数秒で霧の空へと消えていく。
 崖を背にしたミツ夫に、触手をくねらせながら無数の「樹怪」が迫ってきた。
 どの個体にも、勝ち誇ったような薄ら笑いが浮かんでいる。

 「しつっこいぞ!お前ら、誰にちょっかい出してるかわかってるのか!」
 怒声を上げたミツ夫は、傍らに転がっている大きな岩の裏に回って渾身の
 パンチを叩き込んだ。
 木っ端微塵に砕かれた岩の破片は、そのまま何千という弾丸となって榴弾の
 ように「樹怪」の群れに襲いかかる。間際まで迫っていた一体の「樹怪」は
 ひときわ大きな岩塊の直撃を受けて倒れ、そのまま沈黙した。

 思いもかけない攻撃に怯んだ群れは大きく後ずさる。その隙を突き、ミツ夫は
 まっすぐ上昇した。

 高度を取ったミツ夫は腕に付けた装置を操作して円盤を呼ぶ。数秒で円盤は
 眼前に到着した。さいわい、どこにも破損はなかったようだ。安堵したミツ夫
 は素早く乗り込むと、そのまま宇宙船を追って宇宙へ離脱した。


 宇宙船は成層圏を抜けたところで待っていた。合流したミツ夫は中へと招かれる。
 「ありがとうございます。あなたが来てくれなかったら持ちこたえられたか
 どうか…。」
 「遅くなって申し訳ない。」
 挨拶を交わしたミツ夫は、疲労と安堵で憔悴した4人の前に座る。
 「大変でしたね。こんな時に何ですが、報告しなければいけないので簡単に
 事情を説明していただけますか。」

 「幻覚には全員やられました。」
 リーダーとおぼしき大柄なクルーが語り始めた。
 「最初に外へ出た通信士が、餌食になったのです。しかし彼は最期の瞬間、 
 通信用マイクのボリュームリミッターを解除して自分の悲鳴を我々の受信機に
 響かせた。そのおかげで我々は正気にかえることが出来たのです。」
 声を詰まらせたそのリーダーの言葉を、もう一人(女性)が継いだ。
 「一番船の近くにいた私が機内に戻り、救難信号を打ったんです。しかし他の
 3人は船の目の前で釘付けになってしまって…危ないところでした。」
 
 ミツ夫は黙ってうなずいた。自分の到着もきわどいタイミングだったのだ。
 「そういえば。」
 と、小柄なクルーが尋ねた。
 「バードマンさんは大丈夫だったんですか?この星の幻覚は催眠術どころの
 騒ぎではないくらい強烈でしたけど…」
 「ああ。」
 小さく首を振ったミツ夫が答える。
 「見事にやられましたよ。子供の頃の故郷。何もかもが懐かしい現実でした。
 ただ、何となくほころびがあったのでそこから何とか自分を引き戻しましたが。」
 「さすがは名高いバードマン。」
 「自力であの幻覚を破るなんて、たいしたもんだ。やっぱり精神面の鍛錬も、
 我々なんか及びもつかないくらいに積んでらっしゃるんでしょうねえ。」

 賛辞の言葉に照れたミツ夫はマスク越しに頭を掻きながら言った。

 「それと、他に何か気付いたことなどはありませんでしたか。」
 「そう言えば…」
 と、細身のクルーが答えた。かなり年配らしい。
 「逃げ帰る途中で、変なものを見ましたよ。我々の物よりもっと大きな宇宙船
 の着陸跡と、あの怪物の焼け焦げた死体です。多分、我々よりも前にこの星に
 来て、脱出を果たした宇宙旅行者がいたんでしょう。」
 それを聞いたミツ夫は腕組みして考え込んだ。
 辺鄙な宙域と軽視されているが、こんな危険な星に降り立った者が確認できた
 だけでも2組もいるというのは問題だ。おそらく、犠牲になったものは他に
 かなりいるに違いない。ちゃんと報告しておかないと。

 「ありがとう。参考になりました。」
 そう言うとミツ夫は腰を上げた。
 「亡くなられた方は本当に残念でした。私も力及ばず、申し訳なく思います。
 しかし、くじけないで下さい。その方の最期の意志に応えるためにも、今後の
 航海に全力を尽くしてください。」
 凛とした声で言うと、左手の指を独特な形に曲げて肘を折り、深く頭を垂れる。
 宇宙で命を落とした者に対する弔意と尊敬を表す、共通のジェスチャーだ。
 4人もまた、同じジェスチャーで返礼した。

 その目に、厳しくも強い意志を感じたミツ夫は安心した。
 (彼らなら大丈夫。きっと乗り越えてくれる。)

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 数時間後。

 ミツ夫は一人、円盤のシートに身を沈めてキャノピー越しの宇宙の虚空を見ていた。

 さすがの彼もいささかぐったりしていた。
 アテリア星系人たちの宇宙船が安全な航路に至るまで同行し、再び眩惑の星の
 軌道まで戻ってバード星に詳細を報告する。当然、さっき聞いた話だけでは
 到底情報が足りず、惑星の座標計算や公転軌道算出など面倒な作業を山ほど
 やらされた。

 「まったく、退屈なんてとんでもない話だな。」
 小声で愚痴った声をマイクで拾われ、怒られるというオマケまでついた。
 
 物憂げな動作でパネルを操作していたミツ夫は、ふと自分の手袋に残る血痕を
 目にした。慌ただしさの中で忘れてしまっていたが、出血はとっくに止まっている。
 「さすが名高いバードマン、か…。」
 先ほどの賛辞の言葉が頭に甦る。もったいないくらいの言葉だ。とミツ夫は
 感じていた。
 自分はそんなに強くなどない。もしきっかけを掴まなかったら、今頃はあの
 怪物に喰われてしまっていただろう。

 きっかけが何だったのか。考える必要もない。
 パー子だ。
 おそらくあの星では、故郷に対する強い思いが強烈な幻覚を見せるのだろう。
 宇宙飛行士にとって、望郷の思いはある意味宿命だ。それは自分とて決して例外
 ではない。だからこそ、懐かしい子供の頃の朝日ヶ丘が幻覚として現れたのだ。

 しかし、本当に帰りたい場所、大切に心にしまい込んだ映像だけはあの星には
 読み取れなかったのだ。それがパー子の存在であり、マスクを取ったスミレの
 屈託のない笑顔だった。

 何よりあるべきものの抜け落ちた空々しい日常を見破るのはたやすかった。
 つじつまを合わせようとする幻覚には滑稽ささえ覚えた。
 (いくら強くなったと言っても、まだまだ僕は半人前以下だな。)
 少し自嘲気味にミツ夫は小さく笑った。やっぱり、パー子がいないとね。
 再びゆっくりと外したバッジを、ミツ夫は遠い目で見つめた。

 バードマン候補生が携帯するには、あまりにも時代遅れな旧式のバッジ。
 物持ちが良過ぎるとからかわれたのは1度や2度ではなかった。
 もっと素敵なのをプレゼントする、といってくれる女の子も何人かいた。
 しかし、ミツ夫が他のバッジを持つことはただの1度もなかった。

 手の中のバッジは、深い緑色を湛えて輝いていた。
 地球を離れた遠いあの日に交換した、パー子の愛用パーマンバッジだった。

 何年も前に、パー子がパーマンを引退した事はバードマンに知らされていた。
 しかし、彼女のパーマンとしての心は今もこのバッジの中に、自分と共に在る。
 だからこそ、今日も自分を助けて喝を入れてくれた。
 
 かつて、パー子は言ってくれた。命の次に大切な宝物は、この自分だと。
 今なら自分も言える。
 宝物はこのバッジ。そして、持ち主である君自身だと。

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 「さて、今度こそ退屈な1ヶ月が始まるぞ。」
 ミツ夫は明るい声でつぶやいた。
 今日みたいな事件にぶつかる事は滅多にない。むしろ大変なのはこれから始まる
 退屈との戦いだ。

 「なによりじゃない。事件なんてないほうがいいのよ。」
 遠い日、パー子が自分に言った言葉を思い出しながら、ミツ夫は静寂の宇宙を
 まっしぐらに飛んでいった。

 星々は、彼の心を映すかのようにその輝きを増したかのように見えた。


================【完】=================



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   映画「ドラえもん・のび太の宇宙漂流記(1999)」とのクロスオーバーです。
    時間的には、映画の後日談になります。

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