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「駆動効率34%…姿勢制御系統不良…プログラム修復実行中…
電圧上昇再試行…エラー検索……損壊率18%……」
動かないボディとは裏腹に、内部の回路はめまぐるしく警告表示と
自己修復を行っていた。かろうじて動くのは右の視覚センサーだけ。
カタツムリを思わせるそのセンサーがあたりをゆっくりと走査する。
相変わらず、人気はない。爆発音は意外に小さかったようだ。耳に
した人がいたとしても、車のパンクか何かだと思ったのかもしれない。
さいわい、内部機構の物理的ダメージは少なかった。各部分の伝達系統
さえ修復すれば、動くのに問題はないはずだ。自力で帰るくらいの事は
出来るだろう。
よどんだ雲に視覚センサーの焦点を合わせながら、Pマンはのんきに
帰った後の夕食の献立などを検証していた。
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その日の朝、とある犯罪組織から依頼を受けて開発した新兵器のテストを行う
べく、魔土災炎博士とPマンは組織のエージェントと共に郊外の造成地へ
出向いていた。
博士の発明したのは新型の特殊徹甲榴弾、通称「ダビデの小石」。ドリル式の
誘導弾が対象物を貫き、内部から爆砕する。通常の榴弾とは異なり、炸裂前の
弾丸自体が鉄塊にも風穴を開ける貫通力を有しているのだ。その威力ゆえに
着弾と炸裂のタイミング合わせが難題となっていたが、博士は苦心の末、着弾
センサーを付ける事によって対象物の形状やサイズなどを瞬時に計測し、
もっとも効果的なタイムラグで炸裂するシステムを作り上げた。全長5cmの
中に技術が詰め込まれた、博士言うところの「悪魔の発明」である。
つごう3発作られた試作品の内の2発が試射に使われた。1発目は大きな岩を
狙って発射されたが、不発。しかし2発目は廃棄された大型ダンプを跡形も
なく粉砕した。
「まあ、こんなもんだろう。」こともなげに博士は答えた。
「炸裂したときの威力はご覧のとおりだ。1発目の不発もまあ予想の範囲内
だよ。弾丸とはいえ精密機械であることはまちがいないからな。しかし貫通力
は保証済みだ。よしんば実戦で不発に終わったとしても、命中さえすれば期待
する結果は得られるだろうよ。」
エージェントは威力に納得したのだろう。あえて不発の事には触れなかった。
「Pマン。私はこちらのお客とちょっと細かい打ち合わせがある。先に家に
戻ってるぞ。お前はその辺を片付けてから後で戻って来い。 それと、不発
だった弾丸は回収してこのケースに入れておけ。」と、博士は傍らの金属製
ケースを叩いた。
「不発とはいえ油断するなよ。あの弾丸からは着弾計測用の電磁パルスが発信
されている。それが出ている間は近づくな。パルスが消えたら安全だ。回収は
それからにしろ。」
念を押すと、博士はエージェントと共に車でその場を後にした。
残されたPマンは、さして多くもない荷物を手際よく片付けるとセンサーを
不発弾に集中した。確かに途切れ途切れにかすかな電磁パルスが感知できる。
しかし、何分もしないうちにパルスは感知できないくらいに弱くなった。
「もう大丈夫かな。」
Pマンはゆっくりと弾丸の当たった岩に近づいていった。そのときにはすでに
パルスはほとんど無かった。
どんなに多くのデータを検証しようと、不測の事態というものは予想しようが
ない。気ままな弾丸はその瞬間、不意に目を覚ました。あと7メートルという
ところまでPマンが近づいた時、見計らったかのように炸裂したのだ。
衝撃にさらされたPマンはコマのように回転すると、そのまま倒れ込んだ。
まだ少し距離があったせいか、大きな破片の直撃などはなかった。しかし、
全身を貫いた衝撃波は姿勢制御系統を麻痺させるには充分すぎた。駆動可能
な状態に回復するまでには1時間近くの自己修復が必要となった。
「駆動効率82%…姿勢制御系統回復率70%…電圧上昇確認…駆動レベル
到達まであと30秒…25秒……20秒……」
ここまで直れば大丈夫だ。あとは直立用のジャイロの調整が済めば、立てる。
Pマンはグッと両手をふんばると、上体を起こそうとした。
と、集音センサーが奇妙な風切り音を感知した。鳥ではない。もっと動きが
直線的で、速い。しかもまっしぐらに自分の背後に近付いて来ている。背後は
完全な死角になっていたが、あえてPマンは全ての動きを止め、集音センサー
に集中した。何秒もかからないうちに、飛行物体はすぐ後ろに着地した。
「何だろこれ…宇宙人かな。それともロボット?生きてるのかな……」
意外にも、若い男性の声がセンサーに飛び込んできた。若いというよりむしろ、
子供の声だ。「空を飛ぶ少年」検証する間もなく、Pマンは結論に達した。
円盤状の頭をぐるりと回転させ、驚いて飛びすさった相手を視覚センサーに
捉える。濃紺のマスクに緋色のマントをつけた少年が、びっくりしたような目
でこちらをまじまじと見つめていた。まちがいない。魔土博士の研究室で何度
も写真を見たことがある、パーマン1号だった。
「こんにちは。」Pマンはそう言うと、上体を起こした。
「こ、こんにちは。あのう、失礼だけど、君は一体…何なの?」 挨拶には
応えたものの、いまだパーマン1号は近づこうとはしない。案外、怖がりなの
かもしれない。何となく親しみのようなものを感じたPマンは弾みをつけて
立ち上がると、体の向きを変えて1号に向き直り、ちょっと胸を張って言った。
「はじめまして。僕はお手伝いロボットのPマンです。」
その明るい口調に、ようやく1号は笑って近づいてきた。
「ピーマン!?おもしろい名前だね。僕はパーマン1号…って、なんだ、何か
僕たちの名前、そっくりだね!じゃ僕もおもしろい名前って事かな?」
博士から宿敵パーマンの事はいやというほど聞かされていたが、Pマン自身は特に
パーマンに対し特別な感情があるわけではない。今こうして言葉を交わしていると、
どこにでもいる明るい少年、という以外の印象はなかった。
「ところで君、どうしてこんなところに倒れてたんだい?お手伝いロボットっ
て言ってたけど、どこで働いてるの?よかったら送っていくよ。」
1号の言葉に他意はなかったが、あえてPマンは事実を伏せた。
「実は、誰のところにお世話になっていたかがわからなくなってしまったん
です。それであちこち家を探しているうちに転んでしまって…」
「迷子なんだ。だけど、こんな人気のないところにいたって多分帰れないと
思うよ。とりあえず、僕の家…じゃなくて、僕の友達の家においでよ。一緒に
君の家を探してあげるからさ!」
1号は、言うがはやいかPマンの腕を取って一気に飛び上がった。
(せっかちな性格なんだなあ)とPマンは解析した。もっとも、その誘いを
辞退する気は全くなかった。このまま一緒に行けば、何かパーマンに関する
情報が収集できるかもしれない。そうすればきっと博士も喜ぶだろう。
特に策略も期待もなく、ただPマンは機械的な検証からそう判断した。
「大丈夫?怖くないかい。あ、大丈夫だよね。ロボットなんだから…」速力を
抑えて飛びながら、1号はPマンに訊ねた。
「大丈夫です。」嘘だった。正直、Pマンはかなり怖がっていた。より人間に
近い思考が出来るように、Pマンにはプログラムによる擬似感情が組み込まれ
ている。その中でも、「恐怖」というプログラムは細かい。例えば「嬉しい」
とか「楽しい」とか感じなくても特に問題はないが、より正確に状況判断を行
い、危険を回避するのに「怖い」と感じる事は非常に重要かつ効果的なのである。
ロボットが怖がるなんて非常識かもしれないが、この擬似感情プログラムは
Pマンを無機質な機械とは一線を画する存在にしていたといえる。
しかし怖い反面、初めての飛行は好奇心をも強く刺激していた。絶えず視覚
センサーの角度を変え、眼下に広がる景色を細かく記録する。人間で言えば
Pマンは飛ぶことに「夢中になっていた」と言えるだろうか。
右手の彼方に魔土博士の家の屋根がちらりと識別できた、と思った時、1号
が言った。
「おまちどおさま。着いたよ。」一人と一体はミツ夫の部屋のベランダに、
ふわりと着地した。
「おかえり。休日の朝から事件なんて大変だったね。…あれ?お客さん?」
出迎えたコピーはちょっと怪訝そうにPマンを見た。
「帰る途中に造成地で倒れてるのを見つけたんだ。ロボットなんだけど、どう
やら迷子らしいんだよ。」
「ふうん。宇宙人でも連れてきたのかと思った。」まじまじと自分を眺める
コピーに対し、Pマンは再び胸を張って言った。
「初めまして。お手伝いロボットのPマンです。お世話になります。」
「へえっ、普通にしゃべれるんだ。すごいや!こちらこそよろしく!」
親しげにそう言ったコピーと握手を交わしつつ、Pマンはひとつの矛盾に
直面していた。目の前の少年と、パーマン1号の声紋が一致したのだ。しかし
同一人物が二人いるのはどう考えてもおかしい…。
しかし、矛盾はすぐに解けた。細かい分析の結果、出迎えた少年のほうの声は
デジタル変換された擬似音声だったのだ。しかも、体内からはほんのかすかな
モーターの駆動音が聞こえる。
おそらく、この少年はパーマンがカモフラージュのために使用している、本人
とそっくりなロボットなのだろう、とPマンは推測した。
「ところでさ。」と、だしぬけにパーマンが訊ねた。
「お手伝いロボットって言ってたけど、実際どんなことしてるの?やっぱり、
掃除とか洗濯とか?」
「それもあります。」なんとなく得意げにPマンは答えた。
「あとは食事の準備。それと仕事のお手伝いと、お客さんの案内。あと買い物
にもいつも行ってます。」それを聞き、コピーは目を丸くした。
「ずいぶんこき使われてるんだね。毎日それじゃあつらいでしょ。」
「いいえ。それがあたり前の仕事ですから…」Pマンはこともなげに答えた。
つらい。面倒臭い。そういう感覚を持ったことは1度もなかった。魔土博士の
手伝いをする。それは、Pマンにとって全てだった。
「君も少しは見習えよ。」しらっとした口調でパーマンがコピーに言う。
「何だよ、そりゃお互いさまだろ!」言い返すコピー。やがて、笑い声が響く。
他愛もない二人の会話を、Pマンは不思議な感覚で聞いていた。
彼は、たまにやってくるドン石川のような客を除けば魔土博士以外と話した事
がなかった。それが自分にとっての全てだったから。しかし、今ここで交わ
されている会話は楽しげだった。信頼するもの同士の会話というのはこういう
ものなのだろうか。世の中の人々は、いつも誰か大切な人とこんな会話を
楽しんでいるのだろうか。自分は博士にとって…どんな存在なのだろうか。
人間とロボット。目の前の二人と関係は同じだ。しかし、自分は…
漠然とした検証は、覚えのある風切り音をセンサーが感知したことで途絶えた。
視覚センサーを使うまでもなく正体はわかった。別のパーマンだ。頭を外に
向けると、赤いマスクをつけ、平べったい箱を抱えたパーマンがちょうど
無遠慮に飛び込んでくるところだった。
「はあいこんにちは!ね、ね、ちょっとこれ…あらお客さん?」靴のままで
荒っぽく部屋に着地したそのパーマンはPマンを見て言った。女の子の声だ。
「おいパー子、何度も言ってるだろ。靴ぐらい脱いで入ってこいよ。」1号が
怒ったような声で言った。
「あらごめんなさい。慌ててたもんで…で、この子は?カワイイわね。もしか
して宇宙人?」
そんなに自分は宇宙人に見えるのだろうか。外見なんて意識したことは一度も
なかったけど。そんな事を考えつつ、Pマンはもう一度自己紹介した。
「へえー、お手伝いロボット!凄いわね。もうそんなのが実用化されてるんだ。
なんかうらやましいなあ。」
(パー子が言うと実感こもるなあ…)1号とコピーは同じことを考えて顔を
見合わせた。
そんなパー子の声を検索したPマンは、声紋データの中に一致するものを発見
してちょっと驚いた。いつもテレビから流れてくるためいつしか登録した声だ。
「声紋一致:アイドル歌手・星野スミレ」
「ところでパー子、何か用じゃなかったのか?」と訊ねた1号に対し、パー子
はちょっと得意げな笑みを浮かべて言った。
「そうそう、そうでした。はあい皆さん、注目!」おもむろに立ち上がると、
パー子は持ってきた箱をゆっくりと開いた。湯気と共に、バターの香りが立ち
上った。
「…!?」恐る恐る中を覗き込んだ1号とコピーは、ほぼ同時に言った。
「ホ…ホットケーキだ…。」
中には、Lサイズのピザかと思うような大きなホットケーキが鎮座していた。
「ど、どうしたのこれ。ひょっとして…パー子が作ったのかい?」信じられ
ないといった口調で訊ねる1号に対し、パー子は胸を張った。
「あったり前じゃない!言っとくけど、研究に研究を重ねた自信作ですからね。
絶対にマズイなんて言わせないわよ!さ、早くお皿とフォーク!冷めるでしょ!」
急きたてられるようにしてコピーが持ってきた皿に、鼻歌を歌いながらパー子
がホットケーキを手早く切り分ける。その様子を、1号とコピーは緊張の面持
ちで正座したまま見つめていた。
「お、おいコピー、…大丈夫だと思うか?」
「に、匂いは悪くなかったみたいだけど…」
「あの自信がなんか怖いんだよな…」
ひそひそと話す二人を、パー子が一喝する。
「なにボソボソ喋ってんのよ!さ、どうぞ召し上がれ!」
目の前に出されたのは、若干焦げてはいるものの紛れもなくホットケーキだった。
チラッとパー子を見やると、自信満々の笑みをたたえてこっちを見ている。
(ええい、こうなったらいくっきゃない!)腹を決めた1号は、それでも
恐る恐る一切れ口に入れた。
「……ちょっと焦げてるけど…おいしいのかも知れない…。」何だか曖昧な
感想だったが、それを聞いてパー子はガッツポーズを決めた。
「言ったでしょ!自信作だって!!」
それを見てコピーも一口食べ、言った。
「ホントだ。お、おいしい…ちょっと焦げてるけど…」
小躍りしたパー子はせかせかと次の一切れを切りながら言った。
「どう、見直したでしょ!さ、もっと食べて食べて!」
言われるまでもなく、すでに1号は最初の分を平らげていた。そういえば、朝早く
出動したから腹ペコだったのだ。ちょっと焦げてるけど、前に作ってもらった
石炭ゴハンからは信じられないようなホットケーキだ。
おかわりにかぶりつく1号に対して勝ち誇ったような笑顔を見せていたパー子は、
3人の顔をかわるがわる見ているPマンに気付き、嬉しそうに新たな一切れを
差し出した。
「ね、あなたも食べて食べて!絶対おいしいんだから!」
「馬鹿だなパー子さん。ロボットなんだよ。ホットケーキなんか食べられるわけ
ないじゃない。」口をモゴモゴさせながらおかしそうに言ったコピーを、1号
と3号がしらっとした表情で見つめ、目でツッコミを入れる。
(お前が言うな、お前が…)
ドッと笑いが起こったその横で、Pマンは渡されたホットケーキの成分分析に
余念がなかった。
「本体原材料:小麦粉…鶏卵…食塩…牛乳…重曹…砂糖…若干の炭化あり…
表面皮膜材料:バター…カエデの樹液…」
魔土博士は和食党である。この料理を見たのはこれが初めてだった。
笑顔と笑い声のある食事風景も、これが初めてだった。
大き過ぎるホットケーキを平らげた3人は、昼食も忘れてPマンと談笑して
いた。3人ともPマンがロボットであることをしばし忘れていた。どこから
来たのかはやっぱり思い出せないらしかったが、わからないなら一緒に居れば
いい。みな、冗談抜きでこの宇宙人みたいなロボットに好意を持っていた。
そしてそれはPマンにとっても同じ事だった。決して魔土博士と一緒にいる
のが嫌なわけではない。しかし、擬似感情プログラムの「楽しさ」「喜び」の
項目は、ほとんど更新されたことがない。皆で他愛もないことを話すことが
こんなにも新鮮で楽しいものだとは想像だにしていなかった。
薄曇りの天気でも、時間の経過は空に映る。いつの間にか夕方近くになっていた。
「もうこんな時間ね。」と、パー子が切り出した。
「Pちゃんの家を探さなくっちゃ。ひょっとしたら心配して探し回ってるかも
知れないしね。」そう言ってパー子は立ち上がった。
「そう言えば、遅稲田大学の理工学研究室って国内のロボット開発に関しては
一番情報が集まるところだったはずよ。Pちゃんを連れて行けば何か手がかり
が見つかるんじゃないかしら。」
「よくわかんないけど、手がかりになりそうなら行ってみよう。休日の夕方だ
けど、人はいるかな…。」と、1号も立ち上がって応える。
「大丈夫。ああいう研究に明け暮れる人って休みもお盆もお正月もないから…
ちょっと遠いけど、急げば間に合うわ。」
「じゃ、行ってみよう!」
それからの行動はにわかに慌ただしくなった。後片付けを押し付けられて不平
たらたらのコピーに挨拶したPマンをエスコートするように左右から掴み、1号
と3号は並んで飛び上がった。
空模様は、さっきよりも怪しい色合いを見せていた。
相変わらず他愛もない無駄口に花を咲かせていた3人の目に、真下の道路を
蛇行しながら暴走する車の姿が飛び込んできた。飲酒運転なのか、それとも
何かに追われてでもいるのか。
「ちょっと降りよう。Pマンとパー子は待っててくれ。僕はとにかくあの車を
止めてくるから。」
音もなく道路脇に降りた1号は3号とPマンをその場に残し、道路の方へと
向かった。少し先回りした形になるので、もうじき暴走車はここを通る筈だ。
予想通り、すぐに悲鳴のようなブレーキ音と疾走音が聞こえてきた。
「来たぞ。ここで止めないと。」1号はちょっと気を引き締めた。上から見た
時は裏道を走っていたが、この先は国道だ。あの勢いで突っ込んだらどんな事
になるかわかったもんじゃない。
「あれだ!」予想よりも手前の道からその車は現れた。相変わらず無茶な蛇行
をしながら、こっちに突っ込んで来る。
「おおい、危ない!止まれえっ!!」腰を落として正面から受け止めようと
した1号の手は空を切った。何を思ったか車は直前で大きく右にハンドルを
切り、狙ったように街路樹へ突っ込んだのだ。唐突な静寂があたりを包んだ。
「た、大変だ。中の人は大丈夫なのかな…。」青くなった1号は半ば歩道に
乗り上げた車に駆け寄ろうとした。と、
突然一斉に車のドアが開き、黒ずくめの男が5人群がり出てきた。考える間も
なく、手に持った拳銃が1号めがけて一斉に火を噴く。不意を突かれた1号は
傍らのポストの影に身を潜めるのが精一杯だった。もっと大きな物の陰に回れ
ば離脱の方法はいくらでもあったのだが、なにぶんポストは何をするにも小さ
すぎる。1号は完全に釘付けになってしまった。
「くそっ!何てこった。あいつら、初めから僕をおびき寄せるつもりだった
のか!このままじゃ動くに動けないぞ。何とかパー子と連携しないと…」
その思いはパー子も同じだった。こちらから切り崩さないと1号は動けない。
しかし、その周囲はあいにくほとんど遮蔽物がない。気付かれたら防ぎようが
無いのだ。
「でも、そんなこと言ってる場合じゃないわ。Pちゃんはここに隠れてて。
あたしは何とかあいつらの気を逸らさなくっちゃ。」そう言ったパー子は、
通りの反対側から迂回して不意を突こうと、慎重に移動を始めた。
危ない。そう思いつつ、Pマンは全てのセンサーを最大限に開放し、戦局の
解析をしていた。自分にこの状況を打破する術などない。パーマン達には
勝って欲しいと思っていたが、検証した結果Pマンは、自分がなすべき事は
この場の状況をいかに突破するかを記録することでパーマン自身の戦力を
解析する事だと結論していた。相変わらず釘付けの1号、ガードレールに
出来るだけ身を潜めて5人組ににじり寄る3号。マガジンを交代で換装し、
ひっきりなしに1号めがけて撃ちまくる5人組……
その時、開放していたセンサーが覚えのあるパルスをかすかに感知した。
照合するまでもない。着弾計測用の電磁パルスだ。あらゆるものを貫き、
内部から爆砕する特殊徹甲榴弾、通称「ダビデの小石」。そのパルスは
通りのずっと向こう、いつの間にか停まっていた黒いワゴン車から発信
されている。ドアが少しだけ開けられており、そこから何か黒いものが
見え隠れしている。視覚センサー最大望遠で確認したそれは、魔土博士が
完成させた「ダビデの小石」専用のグレネードランチャーだった。標的は…
正確な弾道を計測する前に。状況を検証する前に。何かを考える前に。
Pマンは飛び出した。全速力でポストの影に身を潜める1号に突進する。
5人組の撃った流れ弾が頭部ぎりぎりのところをかすめていったが、恐怖を
感知する余裕はなかった。なかばバランスを崩しながら1号の元に到達した
Pマンは、彼を突き飛ばした。ワゴン車から発射された榴弾が到達したのは
ほぼ同時だった。
弾丸は、Pマンの右頭部に突き刺さった。反動でのけぞったPマンの頭部は
その数千分の1秒後、タイヤのパンクのようなくぐもった音と共に何百という
破片になって破裂した。もんどりうった体は地面に叩きつけられ、キャスター
状のタイヤが反動ではじけ飛んだ。
突き飛ばされた拍子に一回転した1号は全てを目にした。狼狽する5人組と、
木っ端微塵になったPマンの頭と、少し先の交差点に止まっているワゴン車を。
パー子の甲高い悲鳴が響く前に、1号はワゴン車に向かって一気に跳躍した。
全てはあっけなく終わった。囮を演じていた5人組はパー子に一網打尽にされ、
狙撃手と主犯を乗せたワゴン車は1号にスクラップにされて全員逮捕された。
駆け付けた警察の聴取も感謝の言葉も、Pマンの残骸の前で放心したように
座り込む1号には聞こえていなかった。パー子からひと通りの説明を受けた警察
は、犯人たちを連行していった。あえてパーマンに声をかけるものはなかった。
目の前のスクラップは、ついさっきまで友達だった。彼は、会って間もない自分
をかばって砕かれた。家を探してあげるといった自分を、信頼してくれたのに。
パー子は1号にかける言葉が見つからなかった。何より彼女自身、どうしよう
もない後悔と悲しみに打ちのめされていた。自分がもっとしっかりしていれば。
すぐ後ろを尾けてきていたワゴン車に気付いてさえいれば。
うなだれた1号のマスクを伝った涙が、道路に滴となって落ちてちいさな跡を
作った。同じような跡が、あちこちにでき始めていた。それを見たパー子は、
初めて雨に気が付いた。はじかれたように飛び出したパー子は、どこからとも
なく厚手のゴミ袋を何枚も抱えて持ってきた。
「手伝って!」1号に袋を1枚押し付けたパー子は、散らばった残骸を慌ただ
しく袋の中に入れ始めた。
「何やってるんだよ、パー子…」力なく呟いた1号の腕を荒っぽく掴み、パー子は
語気を荒げる。
「むき出しになった破片が雨に濡れたら取り返しがつかなくなるわよ!全部
集めるの!」 語尾は涙声になっていた。それを聞いたミツ夫は初めてパー子
の気持ちを感じた。どう見ても望みはなさそうなのに、まだPマンを直すため
必死になっている。
(そうだ。)ミツ夫は自分の気持ちが戻るのを感じた。
(あきらめてどうするんだ。家を探すって約束したじゃないか!)
雨足が強まる中、二人はネジの一本まで見逃すまいと懸命に破片回収を続けた。
飛散の範囲は予想以上に広かった。たっぷり10mは離れた場所にも、丸い
部品が転がっている。ひび割れた目玉だった。
ソフトボール大のそれを手に取った1号は、再び慟哭した。
ほとんどの部品を回収し終えた頃には、本降りになって風も強まっていた。
集めた部品は思った以上に重かった。念のため、上から二重に袋を被せる。
「ついて来て。」そう言うとパー子はまっすぐ上昇した。黙って1号も続く。
そのまま大学の理工学研究室を目指すかに思えたパー子は上空から辺りを
ざっと見渡すと、すぐに下降した。着地した場所は、錆びた家電製品がうず
高く積み上げられたスクラップ置き場だった。
おとなしくパー子に従っていた1号はそのとき初めて激怒し、空いている
左手でパー子の胸ぐらを掴んだ。
「どういうつもりだお前!壊れたらハイさようならだって言うのか!
見損なったぞパー子!!」
「違うの。聞いてミツ夫さん。お願い。」そう言ってパー子はそっと右手を
服を掴む1号の手に重ねた。その震えを感じた1号はハッとして手を離す。
「こんな雨と風の中で遠くまで飛んだら、どこかで絶対袋が破れちゃうわ。
ここなら雨の間は誰かが来る心配は無いから、雨よけを作ってPちゃんを
隠しておきましょう。雨が止んだら取りに来るの。その後、何とか修理する
方法を考えましょう。ね。」
まるで幼い子に説いて聞かせるかのような口調だった。乱れた彼女の襟元を
そっと直した1号の口調は優しくなっていた。
「ごめんな、パー子。確かに君の言うとおりだ。何か僕、気が回らなくって。
君もショックなのにね。やっぱりこんな時に頼れるのは君だけだね。」
うつむいていたパー子が小さく呟いた。
「ううん、いいの。あたしはただね、ただ…ただあなたの…悲しむ顔が……」
張り詰めていた気持ちが切れたように、パー子は嗚咽した。後は言葉には
ならなかった。声を殺すように泣くパー子を、1号は左手で抱き寄せた。
胸に顔を埋めて泣くパー子の震えと体温が伝わってきた。不思議と、その時の
1号に涙はなかった。 雨はますます強くなってきた。
泥だらけになりながら二人は黙々と働いた。なるべく平らな地面を確保する
ために1号がスクラップをどかして空いたスペースを作っていく。その間に
パー子は廃棄された鉄板を器用にねじ曲げ、雨よけの屋根を作った。密閉は
望むべくもないが、鉄板につけたカーブが雨どいの役割を果たすため、雨が
中に流れ込んでこない仕組みだ。苦心の甲斐あって、立派な雨よけ小屋が完成
した。残っていた袋を全てPマンを収めた袋に被せると、パー子がそれを
小屋の一番奥にそっと収める。入り口の鉄板をねじ曲げてフタをすると、
外からは何かが隠しているようには全く見えない。念のために入り口の前に
大型の冷蔵庫の残骸をおいて隠した。
目印になるように地面に立てた鉄棒は墓標のように見えた。
「行きましょう、ミツ夫さん。」身じろぎもせずに鉄棒を見つめている1号の
肩をそっと抱き、パー子は土砂降りの空へ舞い上がった。ミツ夫の慟哭の震えを
感じ、パー子は肩を抱く腕に力を込めた。
涙は、流れるに任せた。
二人が見えなくなってから30分ほど過ぎた時。
スクラップ置き場の入り口に、一台の黒い車が止まった。
中から長身の男が現れ、スクラップの山を見つめて吐き捨てるように呟く。
「ふん。頼みもせんのにこんなおあつらえ向きの場所でお陀仏か。
気を利かせているつもりか、あの出来損ないめが。」
低くくぐもった声は、ボンネットを叩く雨音にかき消された。
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「駆動効率97%…換装部位微調整完了…バックアップデータリロード終了…
充電率100%…電圧上昇確認…起動レベル到達まで5秒…4秒……」
目覚めは唐突だった。視覚センサーに見慣れた波長の白色灯の光を感知した
Pマンは、検索を行う前に今いる場所を理解した。微かな化学薬品の臭気と
各種装置の低い振動音。
まぎれもない、魔土災炎邸の地下研究室だった。
作業台の上で上体を起こしたPマンは、かすかな寝息を感知して頭を向けた。
ズボンと服の袖を泥まみれにした魔土災炎博士が、傍らの補助机に突っ伏して
熟睡していた。左手の中指に巻かれたバンソウコウに血がにじんでいる。
音を立てないように作業台から降りたPマンは、セルフセンサーを起動して
詳しい自己走査を開始した。どこにも損傷はなかった。のみならず、上半身の
パーツは70%以上が新しいものに換装されていた。通常のオーバーホールでは
こんな大掛かりな換装は行われない。ひょっとすると、自分は何らかの理由で
本格的に大破したのだろうか。しかし、過去のデータをリロードしてもそんな
事象は記録されていなかった。最後の記録は、実験に使用した不発弾を回収しろ
という魔土博士の指示を聞いた時だ。しかし、その時刻は…
壁の時計を見たPマンは、体内時計に空白があったことを知った。データ記録
の空白は34時間半。そして、体内時計そのものも停止していた全空白がおよそ
27時間半。現在は午後7時46分だった。
昨日の朝と夕方に何かが起こって自分はどうやら大破したらしい。補助机には
自分の設計図が広げられていた。すると博士は、丸1日かけて自分を修理して
いたのだろうか。その図面はこれまで見たことがなかったが、自分の構造は自己
走査で熟知している。本体部分の図面の最深部に記載された、小さな箱以外は。
その図面にPマンの視覚センサーが集中した。強固な箱の中に収められたその
装置は、図面上で「ハザードビーコン」と記載されている。本体の機能が完全
に停止した時に初めて救難用のビーコンを発信する装置だ。収められている箱は
いかなる衝撃にも耐え、普段はあらゆる電波も放射線も遮蔽する。だから自己
走査にも検知されなかったのだ。こんな装置が組み込まれているとはPマン本人
は全く知らなかった。何のために組み込まれているのだろうか。博士の意思は、
Pマン自身には知りようがない事だった。
音を立てないように地下室を出たPマンは、廊下の窓を開けて夜空を見上げた。
おそらく日中はずっと激しい雨が降っていたのだろう。空気は湿気を含み、庭の
草木から落ちる雨の滴がひっきりなしに調子外れのリズムを刻んでいる。
しかし、空には星がいくつも見えた。きっと明日は晴れるに違いなかった。
空白の34時間半。どんなことがあったのだろうか。いくらデータを検索しても
あくまで空白のみがあった。
Pマンのバックアップデータ回路はボディの下部にある。そこに収められていた
データは幸い、榴弾の直撃による破壊を免れた。しかしリアルタイムでデータの
収集と検証を行っていた頭部の集積回路は完全に粉砕されていた。造成地での
事故、パーマンたちとの出会い、銃撃戦とその結末。それらは一発の凶弾により
全て砕かれていた。
夜空に焦点を合わせるPマンには形容しがたい喪失感があった。ただのデータ
の空白だ。しかし、擬似感情プログラムにはそれまでにないくらいの更新が
認められた。楽しいことがいっぱいあったのかもしれない。メモリーやプログラム
ではなく、自分の本当の感情がそれを覚えているのかもしれない。あまり理論的
とは言えないが、今のPマンにはそう考えるのが一番納得できるような気がした。
静かに窓を閉め、Pマンは再び地下室へと降りていった。相変わらず泥の
よう眠りこけている魔土博士の体に毛布をかけ、腕の下に敷いている設計図を
そっと引き抜く。その時Pマンは、博士の腕に隠れていた設計図の概要説明文を見た。
【THE BLUEPRINT OF PARTNER-MAN FINAL MANUSCRIPT】
「パートナー・マン 設計図 最終稿。」和訳をそっと声に出してみた。
パートナー・マン。略してPマン。
初めて知る、自分のフルネームだった。
寝息を立てる魔土博士を静かに見つめたPマンは、毛布を肩まで掛け直した。
本当に嬉しい事って、案外すぐ近くにあるのかもしれない。
そんな人間臭いことを考える自分が、Pマンは何だか無性におかしかった。
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次の日は早朝から鮮やかに晴れ渡った。朝食もそこそこに部屋に戻ったミツ夫
はパー着する間ももどかしく飛び出すと、全速力でスクラップ置き場へ向かった。
しかし、自分より少し早く到着していたパー子から聞かされたのはPマンが誰か
に持ち去られたという報せだった。
肩を落とした1号に、パー子は意外なほど明るく、そして力強い口調で言った。
「大丈夫よ。辺りをちょっと調べたんだけど、あちこちでたらめに漁ったって
いうより、ただPちゃんだけを探してまっすぐここに来たって感じだったの。
多分、持ち主が何かの方法で居場所を突き止めて迎えに来たんだと思うわ。」
「だけど、何でそれだけで大丈夫だって言えるんだい。」問い詰めるような
口調で1号は食ってかかったが、あくまでパー子は笑顔だった。
「これを見て。」とパー子が差し出したのは、雨よけに使っていた鉄板だった。
端の方がこじ開けられ、わずかな血痕が付着している。
「きっと、ろくな道具も持たないで来た人が必死にこじ開けようとした時に
鉄板の端で切ったのよ。こんな怪我までしてPちゃんを連れて行こうとした人
だもん。きっとPちゃんの事、すごく大事に思ってるに違いないわ。」
その言葉には、不思議な説得力があった。そうだ。傷つくことも気にせずに
自分を探してくれる人。Pマンにもそんな人がいるのかもしれない。いや、
きっといるに違いない。信じよう。それが自分に出来る唯一の事だから。
静寂は、バッジの呼び出し音で打ち切られた。2号からだ。
「行こう、パー子!」
明るい声で叫ぶ1号に、パー子も笑顔で返す。
「ええ!」
またどこかで会えるかもしれない。その日が来ることを信じよう。そして、
今は助けを求める人の元へ行こう。
どちらからともなく手をつないだ二人は、全速力で朝焼けの中をまっすぐ
飛び去っていった。
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「Pマン!さっさと朝飯を持ってこい!わしは丸一日働き通したっだんだぞ!」
朝の静寂を魔土博士の怒鳴り声がかき乱す。
「はいはい、ただいまお持ちしま〜す!!」
手に持つトレイをカチャカチャ鳴らして慌ただしく地下室を目指していたPマン
は、廊下の窓の前でふと立ち止まった。予想通り晴れ渡った空から、朝日が
明るく差し込んでいる。たまにはこんなところで朝食を食べてもらうのもいい
かも知れない。そう考えたPマンは居間から古びた机と椅子を持ち出し、即席
の食卓を作り上げた。
朝食のトレイをその上に置くと、Pマンは博士を呼びに地下室へと駆け下りて
行った。
朝食は、少し焦げの付いたホットケーキ。
メイプルシロップが朝の日差しを受け、琥珀色の輝きを放っていた。
================【完】=================
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