朝日ヶ丘スミレ団

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■ BEYOND THE TRIBE

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                4ヶ月前。

 北の果てに広がる、針葉樹林の奥深く。
 天頂の月がその寒々しい光を投げかけ、尖った葉の影が乾いた地面の上に
 幾何学模様を描いている。
 人も近付かないこの森に、地の底から響くかの如き狼の唸り声が満ちていた。
 威嚇でも、警戒でもない。
 圧倒的な怯えを孕んだ唸り声だった。
 森の切れ間にある小さな草原に、月が小さなスポットライトを投げかけている。
 そこに、30匹近くの狼が群れをなしていた。
 どの狼の目にも、恐怖に満ちた光が宿っていた。皆、同じ方向を見据えて頭を
 低く落としている。
 視線の先には、森の闇があった。その深淵より、近付きつつあるもの。
 生き物の気配ではなかった。伝わるのは絶対的な「死」の匂い。
 かすかに差し込む月明かりの中に、小さな赤い点が浮かび上がった。
 「それ」がすぐそこまで来た事に気付いた狼たちは、いっせいに吼え出した。
 吼えながら、じりじりと後退して行く。

 一歩ごとに何かを踏み潰すような重い足音と共に、「それ」が闇から現れた。
 森を出たところで、その顔が蒼く冷たい月明かりに照らされて浮かび上がる。
 ぞっとするほど整った、女性の顔だった。命を宿さないその白い肌は、敢えて
 例えるなら能面の冷たさに近い印象を与える。
 虚ろなその目は、自分を取り巻いている狼の群れには最初から興味を示して
 すらいない。ただ機械的に、あちこちを見渡す。そのたびにかすかな赤い光が
 視線に沿って地面や空をせわしげに走るのが見えた。
 遠巻きにしていた狼の一匹が、突如として飛びかかった。その目にはある種の
 狂気が宿っている。
 目の前の恐怖に押し潰された精神が、その体を衝き動かしたのだった。
 と、次の瞬間。
 黄色い閃光が走った。ドサッという音と共に、胴から下を寸断された狼の体が
 時間をおいて落下する。
 すでに骸と化したその傷口には、一切の出血はなかった。代わりに、肉と毛の
 焦げる匂いが漂う。
 立ち上った煙の向こうに霞む女の顔に、かすかな笑みが浮かんだように見えた。
 仲間の無惨な死に、群れは完全に恐慌に陥った。全ての狼が踵を返し、一斉に
 駆け出す。
 だが、今度は女の方が容赦しなかった。

 蒼い暗闇に包まれた森に、何度も黄色い閃光が走る。その光は、繰り返し響く
 断末魔の吼え声とワルツを奏でているかのようだった。

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       初夏の天王寺に、一足早い猛暑が到来した。

 焼けたアスファルトから立ちのぼる陽炎が、いやが上にも暑さを感じさせる。
 目の前にそびえる通天閣も、陽炎に揺らいで溶けてしまいそうに思えた。
 「何やねん、この暑さは…。こちとら足を棒にして営業活動に励んどんのに、
 お天道様に情けっちゅうもんはあれへんのかいな…」
 太っている割に身軽に歩を進める一人の若者が、空を見上げてそんな独り言を
 呟いた。
 法善は高校生になっていた。やはり年頃で坊主頭は恥ずかしいのか、今では
 五分刈りにしている。剃髪はまだ先の話なのだろう。もしくは寺を継ぐ気など
 最初から全然ないのかも知れない。
 「まあええわ。今日はとりあえず予定クリアや。早よ帰って冷えた麦茶でも
 頂こか。こんだけ頑張っとんのやから、そのくらいバチも当たらんやろ…。」
 汗をぬぐった法善は、小さな笑みを浮かべると鼻歌まじりで足を速めた。

 法善の家、つまり金福寺は住宅地の奥まった場所に位置している。家路を急ぐ
 うちにいつしか人通りも絶えた。
 狭い路地を曲がった法善の目に、なんとも異様な影が飛び込んできた。この
 暑いさなかに、頭からすっぽりとフードを被り、マントのような服を羽織った
 女性だった。ずいぶん大柄で、肩幅も広い。
 (何や、けったいな格好した奴っちゃな。関わらんとこ…。)
 視線を逸らし、脇を通ろうとしたとき。
 女性が、つと体を脇へとずらせた。自然、法善の行く手を遮る格好になる。
 しばし女性の顔をじっと見つめた法善は、つとめて明るく言った。
 「何ですねん。何ぞワイに用事でっか?宗教の勧誘やったらお門違いでっせ。
 ワイはこれでも寺の息子やさかいに…。」
 女性は、少し顔を傾けてじっと法善の顔を見つめた。
 やがて、たどたどしい口調で訊ねる。
 「アナタ…大…山…ホウゼン……サン、ですカ?」
 「ええ、そうでっけど。」
 反射的に答えた法善はちょっと後悔した。
 (違う、言うといた方が無難やったかな…。)
 短い沈黙が流れた。すぐ横の家の木にとまっていると思しきセミの声が響く。
 と、その時。
 フードの中に見えていた女性の顔が、突然「消えた」。
 代わりに、すっぽりと闇になったフードの中に赤い光がちらつくのが見えた。

 すさまじい衝撃が法善の体を貫いたのは、その一瞬後だった。

 後ろの壁に叩きつけられた法善は、腹を押さえて手をついた。
 焼けるような熱さと痛みが、腹部から全身に広がるのが感じられる。
 致命傷を喰らった。
 そう感じた時、すでに膝をついた脚に力がこもらなかった。
 血は出ない。服には焼け焦げたような跡ができているのがわかった。
 (な…何やねん、こいつは…)
 うつぶせに倒れ伏した法善は、気力を振り絞って顔を上げた。さっきの女は
 すぐ目の前で自分を無表情に見下ろしている。何の感情も宿さない目で。
 だしぬけに吹きぬけた風が、女のマントを大きくはためかせた。ちらりと
 見えたその体に、法善の目は釘付けになった。
 「…なるほど…そういう事やったんか……こいつ……は……」
 ついに法善は力尽きた。がっくりと顔をうなだれてそのまま突っ伏する。
 彼が致命傷を負ったのを理解したのだろう。
 女はゆっくりと踵を返し、振り返ることも無くゆっくりと歩き去った。
 まるで法善になど、初めから会わなかったかのような何気ない足取りだった。
 歩くごとに響く鈍重な金属音が、次第に遠ざかっていく。
 再び静寂が訪れた。路地にセミの合唱が響く。その声はまるで、動かなく
 なった法善の骸を包み、弔うかのごとき物悲しさを湛えていた。

 立ち上る陽炎の中に、静けさも、時間も溶けて紛れていくかのようだった。

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 遊んだ翌日の疲れから眠りこけていたブービーは、バッジの呼び出し音で
 飛び起きた。
 本当に久し振りの、パーやんからの応援要請だった。
 手早くコピーを起動させてパー着すると、一気に窓から飛び出して上昇する。
 
 隣の庭から、ジョンがひときわ大きな激励の吠え声を上げた。
 笑顔で手を振ったブービーは、方向を確認すると一気に全速力で飛び去った。

 向かった先は、朝日ヶ丘に程近い公園。脇の電柱の真上に、腕組みした
 パーやんがこちらに背を向けて滞空しているのが見える。
 風切り音に気付いて振り向いたパーやんの前に、ブービーは急停止した。
 懐かしいくらいに久し振りだ。笑顔を見せたブービーは、パーやんの顔を見て
 喉まで出かかった声を呑み込んだ。
 今までに見たことも無いような、厳しい表情が浮かんでいる。
 それでも、ブービーと目を合わせたパーやんはかすかな笑いを浮かべて言った。
 「お久し振りでんなあ、ブービーはん。元気そうで何よりや。」
 戸惑いながらも頷いたブービーに、パーやんは慌しげな口調で言葉をつないだ。
 「積もる話は後や。今はとにかく時間があれへんよって、まずはこれ見てえな。」
 そう言って差し出された物を見たブービーは、息を呑んだ。

 それは、腹の部分が無惨に焼け焦げたコピーロボットだった。内部まで炭化し、
 回路が油っぽいすすにまみれているのが窺える。
 呆然とした顔でパーやんを見上げたブービーに、パーやんは低い声で言った。
 「ワイのコピーや。昨日の昼、仕事からの帰りに待ち伏せ喰らいよった。誰の
 仕業か知らんけど、むごい事しよるでホンマ…。たまたまワイが見つけて、
 目撃者もおらんかったから大事には至らんかったけど、下手したら今日の新聞
 にワイの死亡記事が載るとこやったわ。」
 何気ない口調ではあったが、その言葉の端々に怒りがこもっているのがブービー
 にも感じ取れた。
 無理もない。コピーロボットはパーマン活動を円滑に行うための道具として
 認識されているが、同時にそれぞれにとっての親友のようなものでもある。
 それをこんな姿にされて、怒らないパーマンはいない。
 一体、誰がこんな事を?
 そんな疑問に満ちたブービーの顔を見たパーやんは、抑揚のない声で言った。
 「コピーは機能が止まる前にダイイングメッセージを残しといてくれよった。
 これがその写しや。と言うても、何やわからんと思うけどな。」
 差し出された紙片を見たブービーは、はたして首をかしげた。何かの紋章の
 ようにも見えるが、さっぱりわからない。
 「ワイもこれが何か理解するのに苦労したわ。ゆうべ遅うまでかけて考えて、
 やっとわかった。これは国旗や。それも、あのQ国のな。」
 それを聞いたブービーはゆっくりと顔を上げ、記憶を辿った。

 Q国。北の果てにあった、軍事国家。かつて潜水艦ウレッシャー号を救出した
 のをはじめ、水爆の争奪戦を展開したり軍事要塞に挑んだりした、因縁深い
 国だ。確か政権崩壊で数年前に瓦解し、今では消滅した国のはずだけど。

 視線を泳がせるブービーを見やったパーやんは、少ししてから言葉をつないだ。
 「それで、いろんな事におおよその見当がついた。多分、今は亡きQ国の刺客
 か何かがワイを殺そうと今頃になって襲ってきよったんや。復讐のためにな。」
 ブービーは思わずぞっとした。パーマンがQ国に恨まれる理由は確かに色々と
 ある。それじゃあ、自分も?正体は知られてないはずだけど…。
 怯えの表情を浮かべたブービーに、パーやんは努めて明るい声で言った。
 「心配あれへん。あんさんとパー子はんは安全やさかいに。まあ、ワイの予想が
 正しければ、やけどな。とにかく、あんまり時間がないかも知れんのや。後の
 説明は飛びながらするわ。」
 言いつつ、パーやんは速度を抑えつつ飛び出した。慌ててブービーも後に続く。
 セミの声が遠く、寒々しく聞こえた。暑い最中だというのに、ブービーは悪寒
 を感じる自分を抑えられないでいた。

 「問題はやな。」
 ブービーと肩を並んで飛びながら、パーやんは説明を続けた。
 「襲われたんがワイ、つまりパーマン4号でなく、大山法善やった、いう点や。」
 黙って、ブービーは耳を傾ける。
 「何で相手は素顔のワイを名指しで襲ってきよったんか、その事も考えた。
 そんで、一つだけ思い当たるふしがあったんや…。何年か前、4人で協力して
 「鉄の棺おけ」に乗り込んだことがありましたやろ。憶えてはりまっか?」
 当然というかのようにブービーは頷いた。
 忘れるはずもない。パーマンのパワーを以ってしても攻めあぐねる難攻不落の
 要塞「鉄の棺おけ」。自分も地雷で吹き飛ばされたりして散々な目に遭った。
 おそらく、もっとも印象的な仕事の一つだ。
 「そこに潜り込むとき、ワイは完全に面が割れた。素性を知られたとしたら、
 多分その時や。おそらく、要塞を叩き壊す前に身辺調査をされたんやろうな。
 まったく執念深い奴っちゃで。今頃になって報復とはなあ。」
 再び怯えの顔を見せたブービーの肩を叩き、パーやんは口調を変えた。
 「心配あれへんて!ブービーはんとパー子はんは直接要塞まで来たわけやない。
 狙われる可能性は低いやろ。第一、マスクを取ってもおらんのやから。」
 曖昧な笑みを浮かべたブービーに笑みを返したパーやんの顔は、不意に厳しく
 なった。重々しく言葉をつなぐ。
 「そこでや。問題はミツ夫はんや。あのお人は無茶して要塞に乗り込もうと
 した際、捕まってマスクを脱がされとる。あの短時間で素性が全部わかった
 とは思えんけど、最悪の事態を想定せんとあかん。」
 ようやく、パーやんの言わんとしている事がブービーにもわかった。同時に、
 自分たちがどこへ向かっているのかも。
 「そう。」
 パーやんは低い声で呟くように言った。まるで、自分に言い聞かせるように。
 「もし面が割れとるとしたら、危ないんはミツ夫はんのコピーや。」

 言い終わったパーやんとブービーの目に、須羽家の屋根が見えた。

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 控え目なつもりだったが、ノックの音は急かすように大きく響いた。
 気に留める様子もなく、パーやんは声を張り上げる。
 「須羽はあん!ミツ夫はあん!いてはりまっかあぁ!」
 かすかな足音が聞こえた、直後。
 怪訝そうな表情をありありと浮かべたミツ夫の母親がドアを開けた。
 一瞬ポカンとパーやんとブービーを見比べたその顔に、笑顔が浮かぶ。
 「あら、パーマン2号にパーやん君!ずいぶんお久し振りね!元気だった?」
 「ええ、おかげさんで…。」
 愛想よく答えたパーやんは、急きたてるように続ける。
 「すんまへん。急かすみたいでっけど、ミツ夫はんいてはりまっか?ちょっと
 急ぎの用事ですねん。」
 その剣幕にちょっとたじろいだミツ夫の母親は、それでも落ち着いて答えた。
 「ああ…、ミツ夫でしたら、ユキちゃんにノート借りに行くんだって。さっき
 出かけましたよ。話し込んでなければもう帰ってくると思うけど。」

 パーやんとブービーの背中に、同時に悪寒が走った。
 理屈を超えた不安。
 手のひらが汗ばんでいるのは暑さのせいだけではなかった。
 「あかん!急げ2号はん!」
 声を張り上げたパーやんは一気に飛び立った。ブービーもほぼ同時に飛び立つ。
 不意を突かれたミツ夫の母親は危うく尻もちをつきそうになった。かろうじて
 ドアのノブにつかまり、体勢を立て直しながら呟く。
 「な、何なのあの子たちは…。」
 空を見やったが、2人の姿はもうどこにもなかった。

 「暑いなあ、ホントに…。」
 陽炎の立ち昇る道を、コピーは借りてきたノートをウチワ代わりにしてあおぎ
 ながら歩いていた。
 人通りは全くない。まあ、当然だろうな。こんな日は、みんなウチでクーラー
 つけて寝そべってるに違いない。でなきゃ、海水浴に行くか、ね。
 勝手な事を考えつつ、コピーは手にしたノートを開いた。
 「またあたしのノートをあてにしてたの?もう、夏休みだからってちょっと
 たるみ過ぎてるんじゃない!?」
 そんなお小言と一緒に借りてきたノートだ。ありがたく使わないと。
 パラパラと流して見たコピーはユキに感謝した。渋々貸したにしてはずいぶん
 きれいにまとめたノートだ。
 (初めから僕に貸してくれるつもりだったのかな…なんてね。)
 またしても勝手な想像を膨らませたコピーは、ふとノートから落ちた紙片に
 気付き、しゃがんでそれを拾った。
 そのままの姿勢で紙片を見たコピーは、あながち想像が外れていなかった事を
 感じて相好を崩した。紙にはハートマークが書かれており、中に短い文章が
 綴られている。
 (少しは自分の力でもガンバッテね。Fight!)
 明らかに自分への激励のメッセージだ。
 照れ笑いを浮かべたコピーは頭を掻きながら紙片を戻し、立ち上がった。
 その眼前に。

 暑苦しいマントを羽織り、フードを被った女性が立っていた。大柄だが、ちら
 ちらと見える顔は端正な印象だった。外国人らしい。
 キョトンとしたコピーを見つめたその女性は、ちょっと首を傾けるとゆっくり
 口を開く。
 道でも訊くのかと思われた彼女はたどたどしく、意外な言葉を発した。
 「アナタ…スワ…みつお…サン、ですカ…?」
 「ええ、僕はミツ夫ですけど…。」
 何気なく答えるコピー。女はその答えに満足したのか、沈黙した。
 沈黙が訪れた。改めて、セミの声がやかましく響く。
 と、その時。
 とんでもない方向からの衝撃を受けたコピーは、そのまま吹き飛んだ。壁に
 激突するかに思われた体が、鋭くターンして上昇する。
 何が何だかわからないコピーの視界が、不意に水色一色に染まった。ブルー
 シートのような布が覆い被さってきたのだ。
 やっとのことでそれを顔から払いのけたコピーのすぐ目の前に、懐かしい顔が
 あった。マスク越しの目が気遣わしげに自分を覗き込んでいる。
 覆い被さってきたのはマントだったらしい。コピーは頓狂な声をあげた。
 「ブ、ブービー!君なのかい!?い…一体どうしたのさ!?」
 それには答えず、ブービーはキッと下に視線を向けた。つられてコピーも
 視線を落とす。
 さっきのマントの女性がこちらをじっと窺っているのが見えた。フードの中が
 影になっていて何の表情も読み取れない。
 と、次の瞬間。
 だしぬけに、そのマントの中ほどから黄色い光が自分達めがけて伸びてきた。
 不意を突かれたブービーは、それでも鋭角にターンしてそれを避ける。
 さらに2度、3度。
 正確に自分達を狙う熱線を、ブービーは抜群の視力を活かして右に左に避ける。
 やっとの事でしがみつくコピーの手から落ちたノートが、直撃を受けて一瞬で
 炭化した。そのまま、形さえ残さずに煤となって風に散っていく。
 「ああっ、ユキのノートぉ…!!」
 悲痛な叫び声を上げたコピーのすぐ脇を、熱線がかすめる。
 肝を冷やしたコピーが身を縮めて危うくかわした、その時。
 「呑気なこと言うとる場合ちゃうがな!」
 聞き覚えのある関西弁が風切り音と共に上から響いた。そちらを見る間もなく、
 轟音が轟く。改めて視線を向けると、女が立っていたあたりのアスファルトが
 砕かれて瓦礫の山になっているのが見えた。
 間髪を入れずに影が一つ立ち上がる。緑色のマスクに濃紺のマント。まぎれも
 ない、パーやんだった。瓦礫の山を見据え、自分たちに背を向けたままで彼が
 怒鳴る。
 「ここは任せて、2人とも早よ逃げぇや!早よう!」
 その言葉を受け、ブービーは一気に加速した。そのまま、コピーを抱え直して
 飛び去る。

 歩道のアスファルトと共に、一瞬で砕けた日常。コピーは未だ何が起こって
 いるのか、見当もつかなかった。

 瓦礫の中から一つの影がゆっくりと体を起こした。ズタズタに敗れたマントの
 切れ端が音もなく落ちる。
 中から現れたのは、鈍重な色のボディを持つ鋼のロボットだった。
 くすんだ体は鈍く真夏の日差しを反射している。胸のあたりに、能面のような
 女のマスクが張り付いていた。
 赤い、殺意に満ちた光を放つ一つ目が、値踏みするようにパーやんを見ている。
 「コピーをやってくれたんはワレかい。」
 ロボットの胸に刻まれた国旗を見据えながらパーやんが押し殺した声をあげた。
 「バケモンの分際で、イチビんのもええ加減にしとけよ。コピーの落とし前
 この場でつけたるわ。」

 相変わらずロボットは微動だにしない。その目の赤い輝きだけが、馬鹿にする
 かのようにパーやんの体を走査している。
 まるで、挑発しているようだった。
 「かかって来んのやったらこっちから行かしてもらうで!」
 言うが早いか、パーやんはアスファルトを踏み砕いて突進した。そのまま
 渾身の力を込めたパンチを放つ。
 鈍い音が響き渡った。何の回避も防御もしないロボットの左胸部に、パンチは
 見事に炸裂した。
 拳から全身を伝った衝撃に、思わずパーやんは顔をしかめた。はずみで20cm
 ほど後ろに下がったものの、ロボットは全く態勢を崩すことなく立っている。
 恐るべき堅牢な装甲には凹み一つできていなかった。
 「な…何ちゅう頑丈な奴っちゃ。パンチ喰ろうて微動だにしよらへん。」
 狼狽したパーやんの目が、ロボットの胸部に張り付いた女のマスクのそれと
 合った時。その命なき女の顔に酷薄な笑みが浮かんだ。
 危険を察したものの、この密着状態では避けることも防ぐこともできない。
 鉄球のようなロボットの拳が、想像を絶するパワーで叩き込まれる。
 吹き飛ばされたパーやんの体はブロック塀に激突してこれを崩した。
 (くそっ…。勝負にも何にもなれへんやんけ。コイツ、半端やないな。)
 どうにか体を起こしたものの、脇腹に激痛を感じてパーやんはうめいた。
 (2,3本、いかれたか…。パーマン4号も形無しやな。)

 何としてもミツ夫のコピーを守らなくてはならない。
 自分のコピーはまだいい。修理して再起動すればとりあえず問題はない。
 しかし、ミツ夫のコピーはそうはいかない。
 もし破壊されて、メモリが失われたりしたら。
 たとえバード星にいるミツ夫が再起動したとしても、それは本物のミツ夫の
 記憶であって地球で生きてきたコピーの記憶とは異なる。この4年間の
 「須羽ミツ夫」の人生が空白になってしまうのだ。
 そんな事になれば、彼の、そしてコピーの人生に取り返しのつかない喪失が
 生まれてしまう。
 やらせるわけにはいかない。その思いがパーやんの体を衝き動かしていた。

 どうにか立ち上がったパーやんの目の前に、あの忌まわしい顔があった。
 オモチャをもらった子供のような、法悦に満ちた女の笑顔。
 すぐ目の前だった。ロボットは勝ち誇ったように立っていた。
 「あかんか…この性悪女が。」
 そんなパーやんの言葉が終わらないうちに、駄目押しのパンチが炸裂した。
 ほぼ真横に吹き飛ばされたパーやんは、突き当たりのブロック塀に再び激突。
 またしてもこれを崩し、瓦礫と化したそのブロックの中に倒れ伏した。
 ぼやける視界の中に、かすかにロボットの姿が映る。
 止めないと。その思いはまだ気持ちの中に強くある。
 しかし、もはや立てそうになかった。悪態をつくことさえもできない。
 (あかん。ここまでや。ブービーはん、コピーはん…何とか逃げてくれ。頼む。
 せめてあと…あと……)
 祈るようなパーやんの思いは、混濁した意識の闇の中へと沈んでいった。

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 「ええっ、Q国のロボット!?それがミツ夫君を、いや僕を狙ってるって!?」
 ブービーの背中で、コピーは甲高い叫び声を上げた。
 あれから2人は、追撃を逃れるべくひたすらに戦闘の現場から遠ざかっていた。
 あらましを告げられたコピーの顔から見る見る血の気が引いていく。
 ミツ夫が宇宙へ旅立って4年。地球での「本物」としての生活にすっかり慣れた
 コピーは、パーマン達と少し疎遠になったこともあり、当たり前の事として
 平和な日常を甘受していた。
 いきなりこんな物騒な話を聞かされては、オロオロしない方がどうかしている。
 まして相手は正体も実力もわからないロボットだ。
 パー子も引退して久しい今、もしパーやんが敗れたら自分を守ってくれるのは
 このブービーただ一人…。
 頼りないその背中を見ていると、悪い方向にばかり想像が暴走してしまう。
 かすかなコピーの震えを感じたブービーは顔を向けると、任せとけとばかりに
 笑顔を見せた。しかし、歯がかすかにカチカチ鳴っているのが背中のコピー
 にもわかった。
 不安を募らせるには充分すぎる。コピーは悲痛なため息をついた。
 (こんな時、ミツ夫君が帰ってきてくれたらなあ。それより、パーやんはどう
 なったんだろ。大丈夫かなあ…。)
 気遣わしげに振り返ったコピーの目が、自分達を追う一つの小さな影を認めた。

 「あれ?ブービー。誰か来るよ。ひょっとしてパーやんじゃないかな?」
 その声を聞いたブービーは速度を落として向きを変えた。
 確かに、人影がまっしぐらに自分たちに向かってくる。
 しかし、ブービーの目はコピーよりも一足早く、戦慄すべき事実を確認した。
 あれは、さっきのロボットだ。
 認識すると同時に、熱線が襲い来た。危ういところで回避したが、2発目の
 熱線はマントをかすめた。
 バランスを崩したブービーとコピーはキリモミ状態になって落下していく。
 すぐ下は公園の横の雑木林だった。どうにか態勢を立て直したものの、2人は
 そのまま木立の中へ突っ込んでいった。
 すぐ上まで来ていたロボットはしばし滞空すると、雑木林をざっと見渡した。
 赤い光の点が、緑の木立をめまぐるしく駆け回る。
 と、林の反対側からブービーが地面に水平に飛び出したのが見えた。そのまま、
 超低空飛行で離脱をはかる。
 その姿を認めたロボットは一気に降下しつつ距離を詰める。速度は圧倒的に
 ロボットの方が速い。みるみるうちに距離は縮まった。
 その瞬間。やおら向き直ったブービーは抱えていた「物」を大きく振りかざし、
 渾身の力でロボットの頭部に叩きつけた。
 公園の噴水前に設置されていた「慈しみ」というタイトルの少女の銅像だった。
 像はあっという間に木っ端微塵になった。ブービーは手が痺れるのを感じたが、
 手応えは本物だった。
 姿勢を崩したロボットはそのまま地面に叩きつけられ、派手な土煙を上げながら
 果てしなく転がっていく。
 してやったりといった表情を浮かべたブービーは、まっしぐらに林の方へ戻る。
 「おおい、ブービー!こっちこっちぃ!」
 林から道路に抜ける石段の中ほどで、コピーが両手を振り回していた。素早く
 その体をすくい上げると、再び速度を目いっぱい上げて上昇する。
 「うわっ、あいつまだ来るぞ!全然こたえてないみたいだ!」
 背後に目をやったコピーが悲痛な声をあげた。
 あっちの方が速度は速い。もう一度距離を詰められたら終わりだ。ブービーも
 コピーも、体が冷たくなるのを感じた。
 しかし、ロボットとの距離はそれ以上縮まらなかった。逆に相手がどんどん
 速度を落としているのがわかる。やがて着地したのがかすかに見えた。
 「そうか。あいつ、あんまり長い時間連続して飛ぶことはできないらしい。
 パーマンのマントとは原理が違うんだな。」
 コピーは安堵のため息をついた。これで少なくとも今は逃げ切れる。ブービーも
 ほっとした表情を浮かべた。ロボットが悔し紛れに放った熱線の光が走ったが、
 この距離で当たるはずもない。案の定、その黄色い光は2人のはるか頭上の
 空を切り裂いただけだった。

 「とりあえず、ここまで来れば大丈夫だろう。一旦降りようよ。」
 コピーの言葉が終わらないうちに、ブービーは高度を下げていた。人気のない
 路地裏を選んで音もなく着地する。
 同時に、深く息をついた。死と隣り合わせの逃亡劇に、まだ膝が震えている
 のがわかる。
 「……パーやんはどうなったんだろう。」
 視線を落としたまま、コピーが呟く。ブービーも、目を伏せて外したバッジを
 沈痛な面持ちで見つめた。

 知りたいけど、ある意味では決して知りたくない事だ。
 あの殺人ロボットが、大して時間もおかずに追尾してきたという事は。
 2人は、ブービーの手の中のバッジを凝視した。どちらにもコールボタンを
 押す勇気はなかった。
 もし、沈黙が返って来たら。
 そんな事実を受け容れる心の準備なんて、出来るはずがない。
 汗が流れた。ますます気温が上がっているのがわかったが、2人の心は氷の
 ように凍てついたままだった。
 どのくらい経っただろうか。
 不意に、バッジがけたたましく鳴り出した。
 慌てふためいたブービーは取り落としそうになったバッジを何とか掴みなおす。
 その急かすような甲高い音は、今の2人には福音そのものだった。
 震える手でブービーがスイッチを入れる。
 永遠かと思われた一瞬の沈黙ののち。
 間延びした関西弁が聞こえてきた。
 『おおい、2人とも生きとるかあぁ。どうもないかあ。』
 返す言葉が浮かばなかった。2人は、そのままその場にへたり込んだ。

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 「ホントに大丈夫なの?」
 気遣わしげな口調でコピーが訊ねる。
 「おかげさんで…。せやけど、冗談抜きで派手にやられたわ。こんなんでは
 労災の一つでももらわんとやってられんでホンマに…あ痛たたたた。」
 努めて明るい声で答えながらも時折顔をしかめるパーやんの姿に、傷が見た目
 以上に深い事が窺える。コピーとブービーは不安げに顔を見合わせた。
 【テナント募集】の看板がかかった古い雑居ビルの一室。バッジでの連絡を
 受けた2人は、ここでボロボロに傷ついたパーやんとの再会を果たしていた。
 「とりあえず、あのバケモンの正体はおおよそわかった。やっぱりワイの予想
 した通りの、予想以上に手強い奴やった。」
 荒い息で言ったパーやんに、コピーが答える。
 「だけど、よく殺されなかったね。あいつ、ミツ夫君とパーやんの抹殺が任務
 なんだろ?」
 自嘲気味に笑ったパーやんは首を小さく横に振った。
 「ワイの、やのうて、大山法善の抹殺や。それで助かったようなもんやな。
 どうやらあいつはそんなに融通の利くオツムは持っとらんみたいや。ワイの
 コピーをやった時点で、法善抹殺の任務はあいつの中で完結しとるらしい。
 ワイの事はどっちかっちゅうと邪魔者くらいにしか思うとらんかったみたいや。」
 そこまで説明したパーやんは、再び顔をしかめるとうめいた。やはり相当痛む
 らしい。
 「ホントに病院に行かないでバードマンを待つつもりかい?心配だなあ。」
 気弱な声をあげるコピー。そしてそれ以上に不安げな表情を浮かべたブービーを
 交互に見やったパーやんは、小さな笑い声を立てた。
 「そんなに心配せんでもええて。ちゃんと応急処置はしたし、ただちに命に
 関わるような傷やあれへん事は自分で一番分かっとる。ここで大人しゅう
 バードマンはんを待ちまっさ。下手な医者になんかかかったら余計に長引く
 だけや。治療費も馬鹿にならんし。」
 相変わらずしっかりし過ぎのその言葉に、なかば呆れながらも2人は安堵した。
 あと3時間もすれば、バードマンが来てくれる。彼ならきっとあのロボットも
 何とかしてくれるだろう。
 問題はその間、どうやって逃げ回るか。それだけだ。
 「心配あれへん。」
 大儀そうに体を起こしながら、パーやんは液晶モニタの付いた小さな装置を
 取り出した。
 「さっきやり合うた時、あいつの体に小型の発信機付けといたった。これが
 あればあいつの位置と行動はばっちりトレースできるから、2人はこれを
 頼りに何とか逃げ続けてんか。鬼ごっこは鬼の位置さえわかっとれば何かと
 有利やからな。」
 言いつつ、パーやんはスイッチを入れた。次第にモニタが明るくなる。
 「ありがと。逃げるだけなら何とかなると思うよ。頑張ってみる。」
 感謝の言葉をかけてモニタを受け取ろうとしたコピーは、伸ばしかけた腕を
 思わず引っ込めた。
 パーやんの顔に、ただならない切迫感を感じたからだ。
 「まずい…!」
 うめくようにパーやんが言った。
 「あいつ、朝日ヶ丘に戻ろうとしとる。多分、ミツ夫はんの家に行く気や。」
 その言葉に、ブービーとコピーは凍りついた。
 「そりゃ…絶対にまずいよ。家にはママとガン子が……!」
 出し抜けにパーやんが大声を上げた。
 「早よう行け!あいつがミツ夫はんの家行ったら取り返しがつかんで。何とか
 誘き出すなり何なりして注意を引かんと…!」
 「分かった!行こう、ブービー!」
 踵を返して駆け出そうとしたコピーの背に、パーやんが慌てて声をかける。
 「ちょっと待ちいな。慌てたらあかん。そのまま行ったら殺してくださいて
 言うとるようなもんでっせ。これ、着けて行きいや。」
 言いながら、パーやんは手早くマスクとマントを外して投げ渡した。

 とっさに受け取ったものの、意外過ぎる申し出にコピーは戸惑った。
 「で、でもパーやんはどうなるのさ。も、もしここにあいつが来たら…」
 どもるコピーに、法善は噛んで含めるように言った。
 「心配ない。さっきも言うたけど、あいつの中ではもうワイは死んどんのや。
 鉢合わせにでもならん限り、あいつがワイを探しに来よることはないやろ。
 それに…。」
 ちょっと言葉を切った法善は、傷めた脇腹をさすりながら自嘲気味に言った。
 「もしあいつが本気でここまで追って来よったとしたら、今のワイはマスクを
 被ってようが被ってまいが同じこっちゃ。それやったら、ちょっとでも有効に
 使うことを考えた方がええ。…どや、そう思うやろ?」
 何気ない口調だった。しかし、そこには法善の一つの覚悟があった。
 かける言葉を見つけられないコピーの頬に涙が伝ったのを見た法善は、明るい
 声を上げた。
 「大丈夫やて!バッジがあれば連絡は取れるさかい、ワイはここで縮こまって
 バードマンはんを待ちまっさ。心配せんとあんさんらは生き残ることだけを
 考えとったらええ。早よう行き!」
 小さく頷いたコピーは、黙ってパー着した。決意を固めたその目を見据えた
 法善は、今一度厳しい声で言う。
 「ええか。くれぐれも言うとくけど、2対1やからやり合おうとか、勝てるかも
 とか考えたらあかんで。あいつのパワーと装甲は半端やあれへんさかいな。
 とにかくバードマンはんが到着するまで、何とかしのぐ事だけ考えるんやで!」
 同時に頷いたブービーとコピーは、薄汚れた窓から飛び出すとパータッチして
 一気に飛び去った。
 「ええか、生きることだけを考えるんや。それだけでええ…。」
 2人の飛んで行った先を見据えつつ、法善は言い聞かせるように何度も呟いた。

 こんな時に、助けを待つだけの自分がたまらなく情けなかった。


 時速238km。風を切って飛びながら、コピーはそっとマスクの端に手を
 当てた。
 かすかなひび割れがあるのが感触で分かる。

 ただのコピーロボットに過ぎない自分のために。
 パーやんはここまで命を張ってくれた。
 だったら何としてもその心には応えないといけない。それを示す方法は唯一つ。
 生きて、この場を切り抜けて見せることだ。
 自分なんかにどれだけ出来るか分からないけど、やるしかない。

 覚悟を決めたコピーは、突き出した両手を固く握り直した。


====================================

 パーマンと思しき人物と謎のロボットの、白昼の大激闘。
 あちこちに残る破壊の爪痕を一目見ようと集まっていた野次馬も、いつしか
 まばらになっていた。
 (何だか、凄いことがあったみたいね。パーマンって、一体誰だったのかしら。)
 1号であって欲しい。でも、もしここで本当に死闘が繰り広げられていたの
 だとしたら。
 やっぱり1号であって欲しくはない。
 そんなもどかしいジレンマを感じつつ、ミチ子はゆっくりと踵を返した。
 歩き出そうとしたその肩が、すれ違った大柄な女性の体にぶつかる。
 「痛ッ!…あ、あの、ごめんなさい。」
 思わず顔をしかめたミチ子は慌てて謝罪したが、暑苦しいマントを羽織った
 その女性はすでに遠ざかりつつあった。
 「…なんて固い体なのかしら。まるで鉄でできてるみたい……。」
 ぶつかった肩をさすりながら、ミチ子は小さく呟いた。
 「あれ、ミッちゃん。どうかしたの?ボンヤリしちゃって。」
 声をかけてきたサブに曖昧な笑みを返し、ミチ子は言った。
 「ううん、何でもないの。久し振りね、サブくん。」

 もう一度あの女性が歩いていった方を見やったが、すでにその姿はなかった。
 ミチ子は、わけもなく鳥肌が立つのを覚えていた。

====================================

 「遅いわねえ、ミツ夫さんたら…。どこまで行っちゃったのかしら。せっかく
 久し振りにパーマン達が遊びに来たっていうのに。」
 「きっと、ユキさんと話し込んでるのよ。隅に置けないわよね、お兄ちゃんも!」
 集音センサーは、そんな他愛ない親子の会話をかすかにキャッチしていた。
 須羽邸の手前、わずか100mほどしか離れていないポストの脇で、漆黒の
 マントを羽織った殺戮者が酷薄な笑みを浮かべた。

 家にミツ夫がいない事はセンサーで確認済みだ。
 戦術的な点から見れば、このまま帰ってくるのを待ち伏せするのが最善の策で
 あることは明白だった。
 しかしこのロボットには、主要な指令の他に入力されている命令事項がある。
 殺戮を、楽しめ。多少、任務遂行を後回しにしたとしても、それを優先せよ。
 あくまで、ロボットはこの命令に忠実だった。
 相手は、抹殺対象の家族。ためらう要素などない。

 足を踏み出した時。
 不意に、低く押し殺した声が背後から響いた。
 「探しているのは僕なんだろ?相手をまちがえるなよ!」

 ゆっくり振り返った先に、紛れもない「須羽ミツ夫」が立っていた。
 伸ばした腕から熱線が発射されるのと、コピーが飛び立ったのとはほぼ同時
 だった。上昇しながら緑色のマスクを被り、待機していたブービーと腕を
 組んで速度を上げる。
 再び胸の顔に笑みを浮かべたロボットは、背中のスラスターを開くと一気に
 飛び上がった。

 「来たな…。」
 後ろを振り返ったコピーは失神しそうな恐怖を必死で抑え込んだ。
 とりあえず、引き付けるしかない。
 一心に速度を保っていたコピーは、ロボットの影が小さくなったのを見て
 思わず安堵のため息を漏らした。
 「良かった…。パータッチした時の飛行速度はこっちの方が速いんだな。
 これなら何とか振り切れるぞ。よおし!」
 そう言ってさらに速度を上げようとしたコピーに、後ろから腰を掴んでいた
 ブービーが大きなわめき声を浴びせる。
 「え、速すぎるって?…あ、そうか。振り切ったら意味ないんだった。」
 確かにこのまま振り切れば逃げおおせる。しかし、自分達を見失ったロボットが
 再びミツ夫の家に向かうのは火を見るよりも明らかだ。
 あくまでも自分たちの方に注意を向けさせておかないといけない。
 (つかず離れず、か…。こりゃあ、厳しい鬼ごっこになるぞ。)
 2人とも、ロボット以上に恐怖と闘わなければならないのは同じだった。

 時速200kmを超える逃亡劇はしばし続いた。いつの間にか街も住宅街も
 遠ざかり、山あいの侘しさが眼下に目立って見受けられるようになってきた。
 大きな建造物もまばらになってきている。
 「くそっ。あいつ、意外とスタミナ続くんだな。」
 コピーは舌打ちした。
 さっきみたいなガス欠を起こしてくれれば逃亡もグンと楽になると思ったが、
 相手は一向に速度を落とす気配がない。相変わらずピッタリと自分達の背後に
 張り付いている。
 (だけど、このまま山あいまで誘い込んでガス欠になればしめたもんだ。
 そこから歩いて僕の家まで戻るのは時間がかかるし、その間にはバードマンも
 来てくれてるだろうしな。)

 そんなコピーの楽観は、悲鳴のような背後からのブービーの声で破られた。
 「何だ、どうした!?…うわっ!!」
 振り返ったコピーも短い悲鳴を上げた。
 クモの巣のような弾幕が張られて自分たちを包むように距離を詰めてくるのが
 見える。どうやら、拡散式の小型ミサイルランチャーらしい。
 「まずい!」
 コピーとブービーはほぼ同時にうめいた。
 パータッチは長い距離を高速で移動するには最適だが、スピードへの反応が
 難しいことと姿勢に無理があることから細かい回避運動が出来ないという弱点
 があるのだ。このままではとても避け切れない。
 コピーが何か言う前に、ブービーは離れていた。それぞれ、すでに目の前まで
 迫っていた無数のミサイルを必死にかわす。
 何とか全弾かわし切ったものの、わずかなタイムラグが生じた隙に一気に距離を
 詰められてしまった。
 ロボットの胸の顔が、笑みを浮かべたのが見えた気すらした。
 恐慌をきたしたコピーの胸ぐらを掴み、ブービーは一気に急降下する。眼下は
 雑木林。小枝を叩き折りながら、2人はその中へ逃げ込んだ。

 同じ手が通じる相手ではない。その事は2人とも痛感していた。とにかくこの
 場は、身を潜める場所に辿り着くまで林の中を逃げ回るしかない。
 さっき降下する直前、彼方に見えた廃ビル。とにかくあそこまで行こう。
 目配せでその事を確認した2人が再び速度を上げた時。
 熱線の盲撃ちが雨のように降り注いできた。
 たった今ブービーが滞空していたすぐ横の木が、直撃を受けて一瞬で炭化した。
 肝を冷やした2人は、必死の形相で木立の中を飛んで行く。動きを悟られて
 いるのか、盲撃ちの熱線もだんだんその位置を変え、追尾してきた。

 まずい。ただでさえスピード負けしているのに、こんな障害の多いところを
 飛んでいたのでは仕留められるのも時間の問題だ。
 泣きそうになっていた2人の目に、木立越しにあの廃ビルが見えた。
 「もう限界だ。パータッチであそこへ飛び込もう!」
 その言葉が終わらないうちに、ブービーの手がコピーの震える肩を掴んだ。
 一気に加速した2人は、避ける間もなく目の前の木々を体当たりでなぎ倒し
 ながら一気に林を抜ける。

 パッと開けたその眼前に、煤けた建物がそびえていた。
 ほとんどの窓ガラスは無残に割れ、枠しかない窓も多い。建設中に計画が頓挫
 したのか、古くなって放棄されたのか。
 不気味なたたずまいを見せるビルだったが、2人にとってはロボットをかわす
 最後の砦だ。
 錆び付き、蝶番も外れて傾いた扉の隙間を抜け、2人はその中へ飛び込んだ。
 目の前の広場に咲き乱れるキキョウの花を踏み潰しながら、ロボットが着地
 したのはその数秒後だった。

====================================

 木立がざわめく音と、セミの声。
 あちこちに開いた壁の穴や窓から、穏やかな夏の音が染み込んでくる。
 倉庫として使われていたらしいその建物の中には、大きな金属のコンテナや
 ドラム缶、建築資材などが雑然と転がっていた。
 全てが埃にまみれ、糸のように差し込む幾筋もの午後の日差しが、舞い散る
 粉塵を白く輝かせている。
 ひときわ大きなコンテナの影に身を潜めたコピーとブービーは、流れ落ちる
 汗を拭うことも忘れて息を詰めていた。

 やがて、鈍重な足音がゆっくりと響いてきた。
 一歩響くごとに、当たり一面に積もった埃が小刻みに震える。
 音の響き方から、ロボットが建物の中に入ったのが分かった。
 すぐに、あの赤い死の光点が壁や天井を舐めまわすように走り始める。
 時折、すぐ近くの地面や廃材にも光が走った。
 (お願いだよ、バードマン…。早く来てくれ!一生のお願いだ……!)
 悲鳴を上げたいのを必死にこらえ、コピーはひたすら祈り続けていた。
 ブービーもまた、ともすればガチガチ鳴りそうな歯を必死に喰いしばって
 何とか恐怖をこらえている。

 2人にとって、果てしなく長い時間が過ぎた。
 ふと、建物の中ほどに来たとおぼしき足音が止まった。
 沈黙に、セミの声が改めて被さる。

 次の瞬間。
 ロボットは不意に両腕を左右に伸ばし、先端にある熱線の発射口を解放した。
 間髪を入れず、その両腕から灼熱の奔流が噴き出す。
 それは、周囲の全てを焼き尽くす地獄の業火だった。建物内の地面を舐める
 ように這い回ったその灼熱の奔流は、瞬く間に周囲の壁まで到達した。
 灼熱地獄は一瞬だった。恐らく、そんなに長い間照射することは出来ないの
 だろう。それでも、その場のものに対する洗礼としては充分すぎた。
 とっさにマントで防御したコピーは、襲い来た熱波を何とか耐えしのいだ。
 しかし、反応の遅れたブービーは容赦なく熱波に捲かれた。上半身の体毛に
 引火し、たちまち体が炎に包まれる。
 パニックを起こしたブービーは悲鳴を上げながら転がり出た。そのまま地面を
 のたうち回り、何とか炎を消そうとする。
 その姿を視認したロボットは、右手の熱線砲をゆっくりとブービーに向けた。
 格好の標的だ。胸に張り付いた女の顔に、かすかに笑みが浮かんだ。
 火は何とか消えた。憔悴したブービーに、眉間を狙った赤い光に気付くだけの
 余裕はなかった。

 瞬間。
 「やめろぉぉっ!」
 我を忘れたコピーの声が響いた。
 コンテナの影から飛び出し、そのままロボットめがけて体当たりする。激突と、
 熱線の発射はほぼ同時だった。
 衝撃で体勢を崩したロボットの熱線は狙いを外し、ブービーの斜め後ろに山積み
 されていたセメント袋に直撃する。

 ロボットと向き合う格好になったコピーの目前に、あの顔があった。
 近過ぎる。その命のない瞳に宿る、殺戮への狂気さえも見えたような気がする。
 やっと出てきてくれたのね。
 その顔に、そんな歓喜と殺意に満ちた笑いが浮かんだ。

 叩き込まれたパンチはマスクの左側面を砕き、緑の破片を飛び散らせる。
 吹き飛ばされたコピーの体はそのまま目前のブービーめがけて突っ込んだ。
 慌てたブービーは必死で抱きとめる。掴んだマントから金色の留め金が飛んだ。
 ロボットは容赦しなかった。
 素早くスラスターを吹かせて突進すると、腕を大きく振りかぶって打ち込む。

 避ける間もないブービーとコピーに、駄目押しの一撃が炸裂した。
 派手な土煙を上げて何度もバウンドしながら、ブービーは右に、コピーは左に
 転がっていく。
 そのまま壁に到達した2人の体は、轟音と共に激突した。
 建物全体がかすかに震え、天井から大量の粉塵が降りそそいだ。


 再び、静寂が訪れた。
 ひときわ強い風が木々を揺らし、セミの合唱とのハーモニーを奏でる。

 仰向けに倒れたブービーの耳にもその音はかすかに響いた。

 あの音、どっかで聞いたなあ。どこだったっけ。
 そうそう。昨日、ジョンと遊びに行った帰りに海沿いの駅で聞いた音だ。

 なんだか、不思議と懐かしい感じのするおばあさんがいた。
 何か言ってた。なんだっけ。とても大切な言葉。
 そうだ。いつか会える日を楽しみに待てばいい。そうすれば仲間たちはいつも
 自分と一緒にいる。たしかそんな言葉だった。

 混濁した頭でぼんやりと考えるブービーに、痛みの感覚は無かった。血の滲む
 口に、かすかな笑みが浮かぶ。

 とっても、あったかい言葉だった。
 そう。待とう。遠い星の彼方から、立派になった1号が帰って来るのを待とう。
 それを、留守を守った仲間たちみんなで出迎えよう。
 とっておきのバナナをみんなにあげよう。

 みんな?…みんなって誰だっけ?


 瓦礫を踏み砕く足音に、ブービーはかすかに目を開けた。
 音の方に目をやると、ロボットがゆっくりと歩を進めるのがぼやけて見える。
 自分の方に、ではない。
 ブービーはわずかに首を横に回し、その歩いていく先に視線を向けた。

 力尽きたコピーが、埃で真っ白になってうつ伏せに倒れ伏していた。顔を
 向こうに向けているため、表情は見えない。

 鈍い痛みがゆっくりと戻ってくると同時に、パーやんの言葉が脳裏に甦った。

 「心配あらへん。ブービーはんは狙われとるわけやないさかいに、安心しぃ。」

 怯える自分を安心させるために、何度もかけてくれた言葉だった。
 気休めではなかった。確かにロボットにとって自分はただの邪魔者でしかない。
 今だって、このまま倒れていればおそらくロボットは行ってしまうだろう。

 コピーを殺した後で。

 ベッドから身を起こすような何気なさで、ブービーは上体を起こした。
 体に付いていた細かい瓦礫が音を立てて落ち、ひび割れたマスクから血が滴る。
 その音に気付いたロボットは足を止め、ゆっくりとブービーに向き直った。
 自分の体を這い回り始めた赤い点を物憂げに追うブービーの視線が、右手に
 絡まった濃紺のマントに留まった。
 さっき、留め金が弾け飛んだ4号用のパーマンマントだった。

 外す代わりに、改めてきつく腕に捲き付ける。
 深い考えがあっての行動ではない。ブービーを動かしているのは本能と感情だった。

 かつてないほどの怒りの感情。
 湧き上がるのは、目の前の怪物に対する、そしてそれ以上に自分自身に対する
 どうしようもない怒りだった。

 焼け焦げた無惨なパーやんのコピー。
 ボロボロに叩きのめされたパーやん。
 そして今、自分をかばって倒れたミツ夫のコピー。
 その姿が、頭の中を駆け巡っていた。

 みんなが傷ついていく中、自分は何をしていた?
 怯え、おののき、逃げ惑い。
 信頼して応援を頼んできたパーやんを見捨てて逃げ出し。
 命がけで守るべきコピーに逆に助けられ。
 何にもできないまま、ぼんやりとコピーが殺されつつあるのを見物している。

 こんな自分に、帰ってくる1号を迎える資格などあるのか。
 地球で2番目に選ばれた、栄光のパーマン2号たる資格が、本当にあるのか。

 ブービーは、ゆっくりと足を踏み出した。
 地の底から響くような低い唸り声が、食いしばった歯のすき間から漏れる。

 もう、バードマンは待てない。

 コピーを救う方法はただ一つ。
 自分の手で、この忌まわしいロボットを破壊するしかない。

 ブービーは、全身の毛が逆立つのを感じていた。



 殺気が伝わったのだろう。
 ロボットは、再びブービーの方にゆっくりと腕を伸ばした。
 熱線砲の口が、眉間に狙いをつける。

 耳を聾する沈黙が流れた。
 セミの声は不意に止み、木々を揺らす風すらも凪いだ。

 次の瞬間。
 轟音が響いた。
 足元の瓦礫を踏み砕き、爆発のように撒き散らしたブービーが飛び出した。
 そのまま、一直線にロボットに突進する。
 あまりにもまっすぐな動き。狙ってくれといっているようなものだった。
 正確に眉間に狙いを定めた熱線が、閃光となって伸びた。
 数万分の1秒後、橙色のパーマンマスクの中央に到達する。

 しかし、その直後。
 熱線はマスクの寸前で屈折し、そのまま側面の壁を貫いた。
 ブービーの気迫が、熱線を曲げたように見えた。
 そんなものは初めから無かったかのように、ブービーは突進した。
 そして、到達した。

 ロボットの胸に張り付いた女の顔に、初めての感情が浮かんだ。
 それは、恐怖だった。
 醜く歪んだその顔の中心めがけて。
 ブービーの全てをかけた拳が到達した。

====================================

 「うわああっとぉ!な、何だ何だ何が起こったあ!?」
 廃ビルのすぐ手前まで来ていたバードマンの円盤は、轟音と共に窓という窓
 から噴き出した衝撃波にあおられてバランスを崩した。
 飛んでくる破片をかわしつつ、必死で体勢を立て直すバードマン。その脇で、
 相乗りしていた法善も振り落とされまいとしがみつく手に力を込める。
 建物を中心に広がった衝撃波は、周囲の木々を大きくのけぞらせた。
 根こそぎ飛ばされた草や小石などが辺りの景色を霞ませる。

 静寂は、唐突に戻った。
 どうにか立ち直った円盤の中で、バードマンと法善は呆然と顔を見合わせた。
 「な、何ですねん、今のは…。」
 先に言葉を発したのは法善だった。
 「アタシに訊くな。…とにかく、2号とコピーの安否を確かめないと。」
 答えたバードマンは、ゆっくりと円盤を着地させた。
 同時に、転がるように法善が飛び出す。
 ドアも吹き飛んだ入り口から中へ駆け込んだ2人は、思わず息を呑んだ。

 何もかもが破壊されていた。
 衝撃は、建物の中央から広がったらしい。周囲のガラクタは壁に叩きつけられ、
 みな奇妙な形に押しつぶされている。地面の埃や瓦礫は、全て放射状の模様を
 描いて吹き散らされていた。
 白い粉塵が、時おり梁の上からぱらぱらと落ちる音だけが聞こえる。
 無言で辺りを見回していた2人は、ほぼ同時に声を上げ、それぞれ駆け出した。
 「2号!」
 「コピーはん!」
 瓦礫の中に自分のパーマンマスクを着けたコピーを見つけた法善は、粉塵を
 全身に被って真っ白になったその体を抱き起こした。
 無残に砕かれたマスクから窺える目はぐったりと閉じられていたが、呼吸は
 している。機能が止まってしまっているわけではなさそうだった。

 かなり離れた所に、ブービーが倒れていた。
 抱え起こしたバードマンは軽く首を振ると細胞変換銃を手に取り、治癒光線を
 ブービーの右腕全体に照射する。

 予定よりも早く地球に到着して法善の治療はしたものの、あまりにもバッジの
 電波が微弱なためブービーとコピーの位置がはっきりと掴めなかった。
 じれる法善を円盤に乗せ、バードマンはかすかな電波を頼りにここまで2人を
 追跡してきたのだった。

 「何があったゆうねん、このありさまは…。そや、あのロボット!あいつ一体
 どこ行きよったんや?」
 我に返ったように辺りをキョロキョロ見回す法善に、バードマンが声をかける。
 「おおい、4号!コピーは無事かね?」
 「ああ、どうやら大丈夫みたいでっせ。気絶しとるだけらしい。ただ、かなり
 ケガはしとるみたいやけどな。ブービーはんは?」
 大声で返事した法善に、呑気な声が返ってきた。
 「いやあ、心配ない。ここにいるよ。だいぶケガはしてるがね。まあ、大丈夫。
 それより、ちょっと来てくれ。君の言うロボットとやらは、これかね?」
 その声に駆け寄った法善は、目を丸くした。

 ロボットの上半身は、どこにもなかった。
 腹部装甲を途中でねじ切られた足だけの鋼鉄のオブジェが、所在なさげな様子
 で立っている。
 バードマンがつま先で軽くつつくと、それは重い音を立てて瓦礫の中に倒れた。
 はずみで、左足が付け根から剥落して転がる。
 呆気にとられた法善は、独り言のように呟いた。
 「何や、どないしよったんやコイツ。自爆でもしよったんかいな。」
 黙ってその残骸を調べていたバードマンは、低い声で答えた。
 「いや、これは外からの圧力で粉砕されたものだ。」
 ちょっと言葉を切り、すぐ脇に寝かせたブービーを振り返って言う。

 「どうやら、2号が力任せにぶち砕いたようだな。さっきの爆発は、その時の
 衝撃だったらしい。」

 「ブービーはんが?」
 言いながら立ち位置をちょっと変えた法善の靴が、何かを踏み砕いた。足を
 持ち上げて見ると、それはあの女の瞳らしき部品だった。
 信じられないといった風に、法善がバードマンにまくし立てる。
 「ほなこれ、全部ブービーはんがやらはったゆう事でっか?一体どうやって?」
 「落ち着け、4号。」
 ブービーを抱きかかえながら、バードマンが言った。
 「後で説明するから、今はここを出よう。いつ崩落するかわかったもんじゃ
 ないからな。コピーを連れてきてくれ。」
 その言葉を聞き、法善は踵を返した。瓦礫に足をとられつつ、コピーのもとに
 駆け戻っていく。

 いつの間にか、夕暮れに近くなっていた。

====================================

 草原に腰を下ろした3人の影は、次第に長くなりつつあった。
 「さてと、2人とも大変だったな。よく切り抜けてくれた。私としても君らを
 誇らしく思うぞ。」
 「2人じゃなくて、3人だよ。」
 意識を取り戻したコピーが、傍らで寝息を立てるブービーを見つめて言う。
 すでに傷は治癒光線で治療され、さらに鎮静剤が打たれていた。
 「そや。ブービーはんがおらんかったらどないなってたか…。で、さっきの
 話の続きでっけど、ブービーはんはどないしてあのバケモンをあそこまで
 木っ端微塵にしたんでっか?」
 「ああ、それならほれ、これだよ。」
 頷いたバードマンは、手にしていた濃紺のマントを差し出した。
 4号用のマントだった。至る所が裂けてちぎれ、ボロボロになっている。
 「どうやら2号は、これを腕に捲きつけてあのロボットにパンチを放った
 らしいな。まったく無茶なことをする…。」
 「ワイのマントでっか?それを腕に捲いただけで、あの破壊力…?」
 訝しげな声で言った法善を見据え、バードマンは口調を強める。
 「馬鹿にしちゃいかんよ。君らも、マントが重力の方向を変える事で空を
 飛ぶ力を生み出していることは知っているだろう。それを応用すれば、
 パンチに凄まじい加重をかける事だってできるんだ。まさかそれを、2号が
 やってのけるとは思わなかったが。」

 「へえー、凄いや。パーマンセットの裏技だね。カッコいいなあ。」
 感心したようにマントをあちこちいじくりながら呟いたコピーに、思いも
 がけない怒声が飛んだ。
 「馬鹿モン!! カッコいいとは何だ!」
 飛び上がったコピーと法善に、バードマンは厳しい言葉を続ける。
 「危険極まりない行為なんだぞこれは。実際、2号の右腕の骨はは2ヶ所で
 折れていたし、肩も脱臼していた。我々が来るのが遅れていたら間違いなく
 死んでいたところだ。まさに命懸けで2号は君を守ったんだぞ!」

 重い言葉だった。
 下手をすれば死ぬかもしれない荒技で、あのブービーが殺人ロボットを完膚
 なきまでに破壊したとは…。
 穏やかな寝息を立てているブービーの寝顔を見ながら、コピーと法善には言う
 べき言葉が見つからなかった。
 やがて、法善がぼそりと呟いた。
 「火事場の馬鹿力やなあ。いつもはあんなに優しいて穏やかなブービーはんが…。」
 「だから、だろう。」
 同じように視線を向けながら、バードマンも呟くように言った。

 「誰よりも優しいからこそ、君たち2人があそこまで痛めつけられたのが、よっぽど
 腹に据えかねたんだろうな。」

 何年も1号と3号の不在を1人で支えてきた、歳月の重みだろうか。
 ずっとマスコットのような存在として見てきたブービーは、いつの間にか
 立派な超人、パーマンとして成長していた。

 夕焼けに赤く照らされたその寝顔は、3人の目にまぶしく映った。

====================================

 「さあて…。4号のパーマンセットはバッジ以外ほぼ使い物にならんな。
 特にコピーの修理には時間がかかる。まあ、2週間もすれば届けられると
 思うがね。やむを得ん。その間、パーマン活動は休んでてよろしい。」
 圧縮もできなくなったパーやんのセットを円盤の収納スペースにしまいながら、
 バードマンはやむなしといった口調で言った。
 「え、ホンマでっか!?よっしゃ!これで仕事に専念できるで!」
 法善の呟きに、キッとバードマンが振り返る。
 「何だ、仕事とは!君はパーマン、そして高校生だろう!自分の本分を疎かに
 してどうする!」
 「誰もそんなこと言うてまへんがな。」
 横を向き、しゃあしゃあとした口調で答える法善に、口やかましく説教をする
 バードマン。

 ブービーを背負ったコピーは、なかば呆れながらそのやり取りを見ていた。
 でも、そんな他愛ない光景が嬉しかった。
 死を賭した激闘の末、何とか3人とも生き残った。
 そして、いつもの平和な日常が戻りつつあった。
 視線を逸らし、長く伸びたバードマンと法善の言い合う影を見つめながら、
 コピーはぼそりと呟いた。

 「あーあ…。どうしよう、ユキのノート……。」


 木立の彼方に、夕日が沈もうとしていた。

 その輝きが、掴み取った勝利を称えるかのように4人の姿を赤く照らしていた。


================【完】=================


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    拙作「夏草の線路」の後日談(というより、翌日の話)です。

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