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★ ワスレナグサ


そこは緑の高原だった。色とりどりの花が咲き乱れ、その花には蜜を求めてた くさんの蝶が舞っていた。耳をすませば、せせらぎの音とともに鳥たちのさえ ずりが心地よく響いてきた。
少し小高い丘の上に一本の若葉を茂らせた木が立っていたが、その木の下で 一人の少年が小さくいびきをかきながら、気持ちよさそうに昼寝をしていた。

遠くの方から、その木に向かって一人の少女が歩いてきた。時々、立ち止まっ ては愛おしそうに花にふれ、澄んだ美しい声で小さく歌を歌いながら・・・ 眠っている少年を見つけた少女は傍らに腰を下ろすと少年の寝顔を優しい瞳で 見つめていた。
どのくらい経っただろうか。少年は懐かしい優しさに包まれて目を覚ました。 風に揺らぐ木漏れ日の逆光の中に一番会いたい人の顔があった。

(イラスト:カオスさん)

「わっ!!スミレちゃん?パー子?」
みつ夫は驚いて飛び起きた。
「ごめんなさい。起こしちゃった?」
みつ夫の寝顔を覗き込んでいたコピーは申し訳なさそうに言った。
「パ、パー子、君がここに居るはずないよね。僕は夢をみてるのかな!」
自分の頬を思いっきり叩いてみたが痛みは本物だった。
「初めまして・・・じゃないわね。私、スミレちゃんのコピーロボットよ」
「ここ、素敵よね。みつ夫さんの宿舎の近くにこんな所があるなんて知らなか ったわ」
辺りを見回しながらコピーは言った。
実はこの高原はバード星の中心からさほど離れていない所にあった。
大昔、バード星でもいまの地球のように自然が破壊されていた時期があり、間 違いに気付いたバード星人は壊れた自然を守り、再生する努力を惜しまなかっ た。そして、今、努力のかいあってバード星は緑の星として再生していた。
「驚いたよ。パー子の顔みるのは留学の前日以来だもんな」
みつ夫が留学してから二年半が経っていた。今日は地球でいう日曜日で、みつ 夫は休みの日にはよくこの高原に来ていた。地球にそっくりな自然が心を和ま せ、明日の活力を与えてくれるのである。
「みつ夫さん、背が伸びたわね。あなたのコピーも同じはずよね」
「ぼくたちはシンクロしてるからね。君も今のスミレちゃん、パー子なんだろ」
みつ夫はドキドキしていた。目の前に居るのがコピーということが分かってい ても自分の好きな人の姿に変わりはない・・・
「パー子も背が伸びたんだな。それに・・・」
「それに何・・・」
「いや・・・胸が・・・」
言いかけた時、コピーが思いきり背中をたたいた。
「いやーね。何、言うのよ」
「ゲホ、ゲホ、何するんだよ。やっぱり、きみはお転婆パー子のコピーだよ」
「なんですって!!」
みつ夫にパンチしようとしていたコピーはいつもの自分でないことに気付いた。 なぜか、すごく自分が出せるのだ。スミレの前とはまた違った自分にコピーは 驚いた。
<スミレちゃん、みつ夫さんの前ではこうだったのね>
コピーはうれしかった。スミレがなぜあんなに楽しそうにみつ夫の事を話して いたのか、今初めて分かった気がした。
スミレがいつ頃からみつ夫に好意を持ち始めたのか、コピーにもはっきりとは 分からなかった。ただ、スミレとの会話の中に1号ではなく、みつ夫さんとい う呼び方がだんだんと増えてきたのをコピーは覚えていた。
<スミレちゃんが初めて1号に会った日、さんざん悪口を聞かされたわね・・>
それは自分がスミレのコピーになって間もない時期で懐かしい思い出だった。
コピーになったばかりでも、スミレが人の悪口を軽々しく言う人間でないこと はよくわかった。そのスミレがあれだけ捲し立てたのだ。スミレは自分の気持 ちをぶつける事ができるコピーとみつ夫に、同じ時期に出合ったのである。
「私、あなたの事、毎日聞かされたのよ。笑顔のときも、泣き顔のときも、そ れに頭に角が生えてる時もあったわ・・・」
「こっちこそ、パー子には何度泣かされたか数えきれないよ。お転婆め」
本当に怒っているようなみつ夫にコピーから笑みがもれた。
「クスッ。でもね、スミレちゃんバッジがなるのを本当に楽しみにしてたのよ。 伸び伸びできるのはパーマン仲間といるときだけとよく言ってたけど、みつ夫 さんは特別だったわ」
「長く会えない日があると、1号ちゃんとパトロールしてるかしら?私、ちょ っと見てくると言って我慢できずに飛び出していったわ」
「そういえば、パー子とはしょっちゅう会っていたなあ。今、思えばすごく忙 しいのに・・・」
「みつ夫さん、頼りないから心配だったのよね」
「どうせ、僕は頼りないですよ・・・」
膨れっ面でみつ夫はそっぽを向いた。
「でもね、みつ夫さんをすごく頼りにしていたのも本当よ。あなたとスミレち ゃん、お互いに必要としているの」
スミレの未来に必要な人、コピーはスミレにそう言った事がある。そして、そ れはみつ夫にもいえる事だった。

「でも、本当にそっくりだね。区別がつかないや」
みつ夫はまじまじとコピーの顔を見つめた。
「当たり前よ。コピーだもの」
コピーの頬が少し赤くなったが、みつ夫は気が付かなかった。
「君もテレビとか、舞台に何度も出たの?」
みつ夫はスミレの大ヒットした歌の振り付けを真似しながら言った。
「スミレちゃんがパーマン活動のときはね。でも、それ以外はどんなに疲れて いてもスミレちゃん頑張っていたのよ」
コピーは頑張りやのスミレが誇らしかった。泣きながらレッスンした事もあっ たがスミレはパーマンとしても女優、歌手としても頑張り通したのだ。
みつ夫にはコピーとスミレの区別はほとんどつかなかった。
コピーロボットは肉親でもコピーという事に気付かないからこそ、コピーであ る。
しかし、自分のコピーが自分とは異なる部分を持っているのを知っているみつ 夫にとって、スミレのコピーもスミレとは異なる部分があるはずだと思ってい た。
しかし、自分とは違い、名女優、星野スミレのコピーである。その気になれば 完璧にスミレになれるだろう。
今、区別できる事といえば、コピーがスミレをちゃん付けで呼ぶ事。そして、 もう一つ、みつ夫のコピーと同じく主人のことを少し離れてみられる事だった。 コピーがスミレの良き相談相手だったことはコピーの言葉からよく分かった。 しかし、もう一つスミレ本人ではない微妙な部分があるのにみつ夫は気付いて いなかった。

コピーは以前からみつ夫とゆっくり話してみたいと思っていた。一度、身代わ りデートをしたことがあったが、その時は相手もコピーだったのだ。
スミレはよくドジで鈍感とみつ夫のことを言っていたが、それもみつ夫の大事 な個性とコピーは思っていた。もちろん、スミレも同じであるが・・・
<みつ夫さんに会わせてくれたバードマンにお礼をいわなくちゃね>
「あっ!!」
バードマンのことを思い浮かべたコピーはここがバード星で、自分が渡英した スミレの気持ちを伝えるためにここに居るのを思い出した。冷静な彼女には珍 しく話に夢中になってしまったのだ。
現実に戻されたコピーは小さく溜め息をついた。
<私にとって、これがスミレちゃんのコピーとして最後のつとめ。スミレちゃ んの気持ちをつたえなくちゃ>
コピーは自分に言い聞かせたが、自分の中にコピーとしてだけでなく、もう一 人のスミレとしてみつ夫と会っている自分がいた。
<スミレちゃん、もう少しだけ、ごめんね・・・>
コピーは今の自分の気持ちを確かめたかった。

「みつ夫さんはなぜスミレちゃんを好きになったの」
突然の質問にみつ夫は驚いて草の上にのけぞりそのまま仰向けになった。
コピーは抱えたひざに小さな顎をのせ、みつ夫の方を見つめていた。
「なっ、なぜって言われても・・・」
みつ夫はしどろもどろに答えた。どうみても本人が<私のどこが好き?>と訊 いているようなものである。
<パー子としての自分を好きと言ってくれたの>
コピーはスミレから、その事を聞いていたが、みつ夫自身の言葉で聞きたかっ た。
「理由なんてないよ。気がついたら、パー子が僕の中で大きくなっていたんだ」
人を好きになるのに理由はいらなかった。きっかけは存在するかもしれないが、 もし、理由があるなら、その気持ちは本物ではないのかもしれない。
<好きになるのに理由はいらない>
コピーは自分の気持ちが自分自身のものだと気づいた。
心の奥にそれは隠れていたのだ。

「みつ夫さん、私がなぜここに来たかわかる?」
「わかるよ。パー子がどんな気持ちで英国に行ったかを伝えるためだよね」
みつ夫はあらためて、コピーに向き直ると言った。
「今まで、君と話していて君がパー子にとってどんな存在かよく分かったよ。 君はコピーロボットだけじゃなく、親友だったんだね」
みつ夫が自分をスミレの親友とみてくれた事がコピーには何よりうれしかった。
「君がパー子を渡英させてくれたんだよね。パー子一人じゃ決断できなかった と思うよ」
「ううん、最後の決断はスミレちゃん自身がしたわ」
「それに、スミレちゃん記憶を消されなかったのよ」
コピーはバードマンの野暮用のことを考えていた。バードマンはみつ夫に会っ たのだろうか。
「バードマンはパー子の決心がわかっていたよ。僕に会いにきた時はもう記憶 を消さないことにしていたんだ」
「でも、僕はそんな事知らないから、バードマンにいろいろ言っちゃったよ。 人の記憶を操作する権利があなたにあるのかとかね・・・」
その時、バードマンはみつ夫の非難を黙って聞いていたが、みつ夫が言った最 後の一言に答えた。
『マスクを外してもパー子?その通りだ。彼女は星野スミレとしてパーマン活 動を続けることになる』と・・・

「パー子のこと少し心配だったんだ。でも、君が来てくれて良かった。安心し たよ。パー子のやつ、頑張ってるんだな・・・」
コピーはみつ夫の言葉の中に自分に対するやさしさも感じていた。
コピーはそんなみつ夫とスミレがこれからまだ何年も会えないのが悲しかった。 だが、二人には未来があった。みつ夫とスミレにとって過去はもちろん、今も 確実に明日につながっているのである。

しばらくしてみつ夫が言った。
「これから、君はどうするの?」
「私はスミレちゃんのコピーのまま眠りにつくの。夢をみることは出来ないけ どね。そして、いつか私を必要としてくれるパーマンが現れたらその人のコピ ーになるわ。その時、私は生まれ変わる事になる・・・」
「私がスミレちゃんでいられる時間はあと少し・・・」
コピーには自分がいるこの一瞬、一瞬ががとても大切だった。コピーにとって 過去は遠い永遠になりつつあった。なぜなら、スミレとしての未来は存在しな いのである。
スミレのコピーとしての自分に悔いはなかった。
スミレのコピーになれて幸せと言った言葉に嘘はなかった。
コピーの頬を涙がひとすじ流れた。
みつ夫にはコピーの涙がスミレの涙と重なって見えた。
<なぜだろう?彼女はコピーのはずなのに・・・>
疑問に思ったみつ夫だがその答えは出せなかった。
なぜなら、その涙はコピーとしてではなく、スミレとしての涙だったのだ。
みつ夫のコピーはみつ夫とは異なる部分があった。それは個性、悪く言うと欠 陥といえるかもしれない。だが、コピーは本来、主人の完璧なコピーとなるの である。そして、主人の感情はコピーの感情となる。しかし、コピーにとって 自分がコピーであることが心の根源にあった。そのため、いくつかの感情はコ ピーでは押さえられてしまうことになる。
スミレのみつ夫に対する思いもコピーの心にあったが、心の一番奥に隠されて いた。自分で探し出すまで・・・

「お別れね・・・私、もう行かなくちゃ」
「頑張ってね、みつ夫さん。私、応援してるわ」
コピーはみつ夫の手を握りしめた。
「スミレちゃん、あなた一筋なのよ。浮気したら許さないから・・・でも、恐 くて出来ないわよね」
「スミレちゃんのこと、お願いね・・・」
コピーは笑顔で言うとみつ夫の手を離し歩き出したが、振り返ることはなかっ た。
「コピー・・・」
言いかけたみつ夫は言葉を飲み込んだ。 呼び止めてもコピーに何もしてやれないのはわかっていたのだ・・・・

高原に伸びる影は長くなってきていた。
コピーがいた場所に可憐な小さな花が咲いていた。淡いすみれ色のその花の名 前をみつ夫は知らなかったが、この高原でみつ夫が初めて見る花だった。
花弁にそっと触れたみつ夫はコピーの姿を追ったがすでにコピーは視界から消 えていた。
「ありがとう、もう一人のスミレちゃん。君のことは忘れない」
みつ夫はゆっくりと歩き出した。
明日に向かって・・・

高原を渡る風が小さなすみれ色の花を揺らしていた。
その花は地球ではこう呼ばれていた。
ワスレナグサ  英名 Forget-me-not


『ワスレナグサ』 完

©アルペジオ