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★ ブランコ


南アルプスは初夏を迎えていた。木々は若葉色に染まっていたが、色とりどりの高山植物が稜線を染めるには少し早く、登山者も夏のピーク時にくらべると僅かだった。
初夏にしては暖かく夏の訪れを予感させるある日、ふもとの廃校となった小学校に時ならぬ人だかりができていた。その小学校はいまでは宿泊施設として活用されており、昔ながらの木造校舎は登山者、観光客に人気があった。
小学校の駐車場にはマイクロバスを中心に数台の車が止まっており、スタッフが機材を運び出していた。役場の人たちも手伝っていたが、華やいだ雰囲気に皆楽しそうだった。

「素敵な小学校ですね。いつ頃まで生徒さんがみえたのですか?」
スミレは役場の年配の職員に尋ねた。
「もう、5年経つかねえ。廃校になって・・・」
職員はまじまじとスミレの顔を見ると言った。
「あんた、テレビによく出とる人だね。孫がファンだと言っとったよ」
「ありがとうございます。お孫さんによろしくお伝え下さい」
「今日から、しばらくこちらでお世話になります」
スミレは会釈すると、もう一度小学校を見渡した。スミレの通う小学校も東京では歴史のある校舎だったが、豊かな自然の中で子供たちを育んできたこの小学校は懐かしさの中に力強さを訪れた者に感じさせた。

スミレはこの夏に発売される清涼飲料水のコマーシャル撮りにきていた。スケジュール的にはギリギリだったがスミレは今回の撮影を楽しみにしていた。スタジオでの撮影も嫌いではなかったが、自然の中に身を置くことが出来る機会は多忙なスミレには滅多にないのだ。
コマーシャルのイメージは避暑地の少女で3本のシリーズ物になっていた。
「スミレちゃん、打ち合わせ始まりまーす」
スタッフが大声でスミレを呼んだ。撮影は明日からで今日は打ち合わせが終われば自由だった。スタッフには釣り道具を持ってきているもの、中には本格的な登山用具を持参した者もいた。皆、撮影の合間の時間を楽しみにしていたのだ。
「はーい、すぐ行きます」
スミレの声も弾んでいた。

次の日も晴天に恵まれ、南アルプスの初夏にしては暖かく、午前中の撮影は順調に進んでいた。コマーシャル撮影と平行してスチール撮影も一緒に行われており、緑に囲まれた美しい沢に浴衣姿のスミレが素足で遊ぶというもので、水の冷たさにスミレは思わず声をあげた。
コマーシャルのイメージが盛夏であり、撮影は浴衣、ノースリーブのワンピースで行われるため、スミレもスタッフも青空に感謝せずにいられなかった。
「スミレちゃんの行いがいいから、こんないい天気に神様がしてくれたんだね」
スタッフの一人が汗を拭きながら言った。
「皆さんのおかげですよ。でも私、晴れ女なんですよ」
スミレは太陽が暖めてくれた大きな石の上に座っていた。冷えた素足に石の暖かさが心地よかった。
だが、この暖かさが山の稜線に思わぬ危険を作り出していた。

午後の撮影は夕焼けの小学校の校庭で都会から来た少女がたたずむイメージだった。この時のスミレは真っ白なノースリーブのワンピースを着ることになっていた。
「スミレちゃん、大人っぽく見えるわね。素敵よ」
衣装合わせの時、スタイリストはスミレを見るなり言った。スミレ自身も鏡に映った自分がいつもの自分より、大人びてみえるのが気に入っていた。
「楽しみだな、あのワンピース着るの・・・」
普段着に着替えたスミレは校庭を楽しそうに散歩していた。
その時、役場の職員が夏山レスキュー本部のある小学校に飛び込んできた。
「大変だ。3人組のパーティーが遭難したみたいだ」
職員の話によると、昨日、下山予定のパーティーが今日になっても下山してこないということで、遭難者からの無線によると雪渓がくずれて中に3人とも滑落したらしい。ここ数日の暖かい気候で雪渓の一部が弱くなっていたようだった。幸い命には別状ないようだが、足を傷めたため動けないとのことだった。さらに、ドーム上の屋根のような青い雪渓が3人の頭上10メートルほどの所にあり。ミシミシと無気味な音をたてているというのだ。もし、崩落したら大変な事になる。
しかし、電池切れか無線はここで途切れてしまっていた。ハッキリした遭難場所の特定が難しいため、レスキュー本部では捜索隊を複数のグループに分ける事にした。
「大変、早く見つけないと氷の下敷きになっちゃうわ」
スミレは部屋に戻るとコピーロボットのボタンを押した。
「スミレちゃんだけじゃ捜しきれないわね」
「ええ、みんなを呼ぶわ」
パー着しながらスミレは言った。
「1号、ブービー、パーやん、急いで南アルプスまで来て、遭難事故発生よ」
「了解。パー子詳しく場所を教えてくれ」
すぐに、みつ夫の返事があった。
幸い、4号も東京に来ていたため、パータッチですぐに行くとのことだった。
「急いで、みんな・・・」
コピーに見送られて3号は雪の残る山頂目指して飛び立った。

初夏の高山は冬山とは違った危険があった。雪渓の下が大きな空洞になって水が流れているのだ。そこは冷蔵庫の中のようなもので体力を奪っていく、さらに溶け出した水が雪渓を溶かし雪渓が大きく崩れ落ちるかもしれないのだ。
時間がないことを3号は感じていた。遭難者の無線によると崩落も近いようだった。
こんな時は2号が一番頼りになる。人探し、物探しで2号の右に出る者はいなかった。
3号は上空から雪渓を探したが数が多くどの雪渓の下に遭難したのか見当がつかなかった。
その時、東の空から一列に飛んでくる仲間の姿を3号は見つけた。
先頭の1号が大きく手を振っているのも見ると3号は言った。
「待ってて、必ず助けるわ」

「どんな状況ですねん、パー子はん」
3号は捜索の進み具合を説明した。
「雪渓がきしむ音がするのは危険でんな。早く捜さんと3人は氷の下敷きやで」
「そうだよ。すぐ捜索開始だ」
「待ちいな、1号はん」
飛び立とうとする1号を押し止めて4号が言った。
「雪渓は沢山あるんや。やみくもに捜しても時間の無駄や」
「じゃあ、どこから捜せばいいんだい」
「無線でドーム上の青い屋根と言ってはったんやな」
「そうよ」
「青いということは、その雪渓が厚い証拠や。かなり圧縮されんとそこまで青くならへんで」
「ウッキッキー」
「そうか、厚いということは規模も大きいはずだ。そこを捜せば・・・」
「あら、1号たまには正解言うのね」
「なんだと!!」
「喧嘩はあとや。上空から見たところ、大きい雪渓は3、4つあるみたいや。危険やさかい二人づつ組になって捜しましょ」
「ほな、ブービーはん行きましょか。お二人さん東と南斜面はたのむで」
「ウキー、キイ」
2号と4号は山の北側に飛んでいった。
「ずるいや、パーやん。ブービーを連れてくなんて」
「何言ってんのよ。行くわよ1号」
3号に引っ張られるように1号も飛び立った。
東斜面の雪渓に崩れた部分は見つからず、雪渓に耳をあててもきしむ音はきこえなかった。
「ここじゃないみたいだな」
「そうね。南斜面に言ってみましょ」
二人が向かったのは南斜面でも最大の雪渓だった。
「広すぎて、崩れたところをさがすのは大変だよ。二手に別れよう」
「そうね。時間もないし・・・」

雪渓は広く、3号の姿はすぐに見えなくなった。1号はゆっくりと雪渓の境目を飛んでいたが、ミシミシという音が確かに聞こえた。しかし、崩れ落ちた部分はなく音は雪渓の奥から聞こえてくる。1号は入り口を捜したが、隙間は見当たらなかった。
「仕方ない」
1号は注意深く境目の氷を割ると中に飛び込んだ。そこは真っ青な洞窟で奥へと続いていた。
青い天井から冷たい水が落ちてきた。
「冷たい」
1号は思わず声を上げた。すると、声に反応するように周りからミシミシという無気味な音が響いてきた。奥に向かって飛んでいた1号が危険を感じて戻ろうとした時、奥から人の声が聞こえたような気がした。
「この奥だ」
迷わず、1号は氷の洞窟の奥へ進んだ。だが、周りの氷の悲鳴はどんどん大きくなってきていた。

1号と反対側の斜面で3号は雪渓の端に崩れた部分を見つけた。
「誰か、いますかー」
返事はなかったが、気になった3号は中に入ってみた。崩れた所は滑り台のように奥まで続いていた。回りは青い氷に覆われきしむ音が周囲から聞こえてくる。その時、氷に引っかかった布の切れ端を3号は見つけた。
「この奥ね」
3号は確信した。
バッジで1号を呼ぼうとした時、足下の氷が崩れた。
「キャー」
3号はスライダーのように雪渓の奥に滑り落ちて行った。

滑り落ちながらも3号は冷静だった。マントの反重量作用を利用して速度を調節しゆっくりと雪渓の底に着地した。そこは土がむき出しになっており、幾筋もの沢が流れていた。
周りは一面青い世界で天井はドーム上だった。そして、ミシミシと無気味な音が共鳴していた。
5メートルほど浮かび上がった3号は岩の影でうずくまっている3人の遭難者を発見した。
声をかけようとしたとき、3号が降りてきたばかりの隙間が氷の重みに耐えきれず崩れ、それに触発されるように、ミシミシという音が大きくなり、大小の氷の固まりが落下してきた。
「崩落が始まったわ・・・」
3号は落下してくる氷が3人にあたらないように弾き飛ばしていたが、固まりは大きくなり、数も増えてきた。そして、天井に亀裂が走った。
鈍い音が青い世界に響き渡った。3号の目に巨大な氷の固まりが幾つも迫ってきた。
自分一人なら何とかなるが遭難者を守る事はできない。
「1号!!」
3号は大きく声を上げた。それと同時に氷の壁から、1号が飛び込んできた。
一瞬目が合った二人はお互いの役目を理解した。3号は1号が氷と格闘している間に3人を抱えると、1号が来た穴に飛び込んだ。それと同時に爆弾が爆発したような大音響が響き渡り、発生した爆風に3号は吹き飛ばされた。
幸い氷の洞窟は3号が遭難者を抱えても通れる広さがあったため、地上めがけて3号は飛んだ。
1号を信じて・・・

「パー子はん、大丈夫でっか」
「ウッキキー」
2号と4号が1号があけた穴の入り口から飛び込んできた。
「この人たちをお願い、中に1号がいるの」
戻ろうとする3号を4号は押し止めた。
「あかん、ここももう崩れるで、とにかく外にでるんや」
4号に引っ張られる様に3号が外にでたとき雪渓は跡形もなく崩れ去った。圧縮された氷の重さは想像以上である。
「1号!!!!」
3号はその場にへたへたと座り込んだ。
「1号はんなら大丈夫や」
「ウィウィ」
「けが人を病院に運んだらすぐ戻りますさかい」
2号と4号はパータッチすると3人を抱えて飛び立った。
「パーやんとブービーの言う通り、私もしっかりしなくちゃ」
残された3号は立ち上がった。
「この雪渓の残骸、私一人でかたずけてやるわ。待ってなさい1号」
3号は大きな氷の固まりを蹴飛ばした。すると、氷と一緒に1号が「ヘコー」と飛ばされて行った。

(イラスト:カオスさん)
「何するんだよ、パー子。やっと地上だと思ったのに・・・」
1号が怒りながら戻ってきた。よく視ると服はボロボロである。
「ただでさえ、ボロボロになったのが、今の一撃で・・・」
「あら、ごめんなさい」
3号は安心した自分の気持ちを悟られないようにサラッと言った。
「本当はあぶなかったんだぞ。氷と氷の隙間にうまく入り込めたからよかったものの・・・」
1号は崩れた雪渓を見下ろしながら<よく、助かったもんだ>と思っていた。
その1号の肩に後ろから3号が頭をあずけてきた。
「パ、パー子?」
3号はしばらく、だまっていたが
「もう、本当にボロボロね。このままじゃ家に帰れないわね」
といつもの調子で言った。
「そうなんだよ。ママになんて言い訳しよう」

(イラスト:カオスさん)

その日の夕方、小学校の食堂は歓声に包まれていた。
「今日はパーマンのおかげで遭難者の方を救出できました。すぐに病院にも運んでいただき3人とも命に別状ないようです」
村長の挨拶に4人のパーマンは照れていたが、3号を除いた3人はあるテーブルに釘付けだった。そこはスミレたち一行の席で、スミレが拍手してくれていた。スミレたちは一緒のテーブルでと声をかけてきたが、3号が丁重にお断りしたのだ。
「なんでだよ、パー子。久しぶりにスミレちゃんとお話できたのに・・・」
「そや、わいもそう思う」
「ウイイ,ウイイ」
「だめよ、スミレちゃんもお仕事、私たちもお仕事。公私混同はだめよ」
「もうお仕事は終わったからいいだろ」
「だめよ」
3号が譲らないため、3人は遠くからスミレを見るしかなかったが、時折聞こえてくるスミレの声に1号は向こうに行きたいとだだをこねていた。
「そういえば、パー子はん。なんでここに居はったんや」
4号がヤマメの塩焼きを食べながら言った。
「えっと、スミレちゃんが素敵な所にコマーシャル撮りに行くって言うから一緒に来たのよ」
「さよか、確かに自然も、この小学校をなかなかのもんでんな」
「明日は日曜日やし、村長さんの言葉に甘えて今日は泊まらしてもらいましょ」
「やった。スミレちゃんと同じ屋根の下で寝られるぞ」
1号は飛び上がって天井に頭をぶつけてしまった。
「イタタタ」
「1号はん、天井に穴開けたら弁償でっせ」
頭をおさえる1号にスミレが微笑んだ。
「もう、ドジ」
3号が冷ややかに言った。

その夜、スミレはなかなか眠れなかった。隣ではコピーが軽く寝息を立てていた。スミレの親友として相部屋にしてもらったのだ。
昼間の出来事が目を閉じると脳裏に浮かんでくる。自分とみつ夫が今、ここにいる事がどんなに大切なことなのか、いつか、ここにいない事があり得るのか。考え出すときりがなかった。ただ、みつ夫の肩に頭をあずけた時の自分の気持ちは大切な宝物だった。

スミレは体を起こした。眠れないなら風に当たってこようと思ったのだ。
「コピー良く寝てるわ」
ふと、見ると壁に白いワンピースがかけてあった。スミレ本人はこのワンピースで撮影に参加することは出来なかった。スミレはワンピースに着替えると外に出た。昼間の暖かさの名残かノースリーブがかえって心地よかった。
月明かりが鉄棒やブランコに長い影をつくっていた。ブランコは校舎から少し離れた所にあり、触れた鎖が冷たかった。スミレはブランコに腰を下ろすとゆっくりと揺らした。ブランコは小さく音を立てた。いつしか、スミレはお気に入りの歌を口ずさんでいた。メロディは美しく風にのった。

1号の隣では、2号と4号がいびきをかきながら気持ちよさそうに眠っていた。
「もう、食べれまへん。堪忍や」
4号が寝言と一緒に寝返りをうったが、その横で1号は窓の隙間から差し込む月明かりを見ながら昼間の出来事を思い出していた。氷に押しつぶされそうになりながら、なんとか狭い隙間に助けられたが体を動かす事は出来なかった。這うように地上に向かって進むのがやっとだったが,視界が明るくなったとき氷の固まりと一緒に蹴飛ばされてしまったのだった。
「本当にお転婆なんだから・・・」
1号は思わず苦笑したが、その時、小さな歌声が聞こえたような気がした。何処かで聞いたそのメロディに誘われるに1号は2号と4号を起こさないように外に出た。
「よし、誰もいないな」
パーマンセットをポケットに入れるとみつ夫は校庭にでた。歌声はブランコのある場所から聞こえてくる。みつ夫が歩いて行くとブランコが揺れており、白い人影が見えた。
<幽霊だ>恐くなったみつ夫が逃げ出そうとした時、歌声がはっきりみつ夫の耳に届いた。
それは、3号がパトロールの時など、ごきげんなときに歌っている歌だった。
「パー子?」
みつ夫の問いかけに歌が止んだ。
「えっ、みつ夫さん?」
ブランコに腰掛けている人物をみてみつ夫は驚いた。そこにいたのは白いワンピースをきたスミレだった。
「ス、スミレちゃん」
驚いたのはスミレも同じだった。まさかここにみつ夫が現れるとは思ってもいなかったのだ。
「なぜ、僕の名前を知ってるの?」
「私、パーマン1号にインタビューをするために、お宅に伺ったことがあるでしょ。それに何度かお会いしてるのよ。それより、あなたこそなぜ、ここにいるの?」 スミレの質問にみつ夫は言い訳が思い浮かばなかった。
「それに、私のことパー子って呼んだわ」
短い時間の間に会話の主導権はスミレが握っていた。
<マスクなしで外に出てくるなんて、みつ夫さん本当に不用心。明日、パー子としてとっちめてやらなくちゃ>
みつ夫は焦っていた。自分がここにいるのはすごく不自然だった。このままではスミレが自分とパーマン1号の関係に疑問を持ってしまう。頭のいいスミレのことだから正体に気づくかもしれない。
<ふふっ、焦ってる、焦ってる。そろそろ助け舟を出してあげようかしら>
スミレがブランコを大きく漕ぐと白いワンピースが夜空に舞った。
「わかったわ。パーマン1号に頼まれて来たのね。人手が欲しいとか言う理由で」
「そっ、そうなんだよ。1号は人使い荒いからなあ・・・」
スミレは夕食の時、なぜ居なかったか訊こうと思ったが自分も突っ込まれるとまずいので話題を変えた。
「なぜ、私をパー子さんだと思ったの?」
「えっと、家にパー子、パー子さんが来た時、よく歌っていたし、声も似ているような気がして・・あっ、スミレちゃんの方が上手だけどね」
みつ夫は歌手のスミレと3号を間違えたのを詫びていた。スミレがパー着していれば、ここで「スミレちゃんの方が上手?」と1号を羽交い締めにするのだが、今はお互い素顔だった。

校庭に長い影を落としていた月はいつの間にか山の陰に隠れ稜線を黄金色に染めていた。
夜空は月にかわって満天の星だった。天の川も天頂にあり光の粒が今にもこぼれそうだった。
「みつ夫さん、宇宙船ブランコ号にあなたも乗らない」
「えっ、ブランコ号?」
スミレはブランコを大きく漕ぎながら顔を夜空に向けた。こうすると、体が宇宙に飛ばされるような感じがする。みつ夫は隣のブランコに立ったまま乗ると大きく漕ぎだした。
沈黙が流れた。だがそれは気まずいものではなかった。ブランコの揺れがだんだん同じリズムになる様に、スミレが自分と同い年の女の子であることに気づくのに十分な時間だった。

「みつ夫さん、こうしていると今、地球上で目覚めている人間は私たち二人だけのような気がしない?」
スミレは夜空に視線を向けたまま言った。二人の乗っているブランコだけが時間の外側にいるような不思議な感覚だった。
みつ夫はスミレと二人だけという言葉に一人で照れていたが、夜空を見ていると確かにそんな気がしてきた。周りに目をやっても校舎や森も眠っているようだった。
「それっ」
スミレがブランコから勢い良く飛び下りた。みつ夫には一瞬スミレの後ろ姿が3号に見えたがブランコに酔ったかなと思っていた。

(イラスト:カオスさん)

スミレはみつ夫の少し前を小さく歌いながら歩いていたが、その時小学校の横を流れる沢から一筋の光が飛んだ。光は二人の間を横切るとスミレのカチューシャにとまった。
「あっ、ホタル」
「えっ、どこ?」
みつ夫の声にスミレは振り向いたが当然、自分の頭は見ることができなかった。スミレの頭でホタルは輝きを増した。その光は淡くスミレの全身を包んでいた。
みつ夫には星明かりのなかでスミレ自身がホタルのように思えた。やがて、ホタルは元の沢に戻って行ったが、それに呼応するように一斉に光の合唱が始まった。一本の樹がクリスマスツリーのように輝いていた。
みつ夫とスミレは幻のような光景に時の経つのを忘れていた。

「みつ夫はん、起きなはれ。朝でせ」
「寝相悪いでんな、いつの間にマスクを外したんや。朝ごはんよばれにいきましょ」
「ウキーウキー」
みつ夫は2号と4号に起こされ、大きくあくびをすると起き上がった。
「夢だったのかな・・」
パー着したみつ夫が廊下にでると3号とスミレが歩いて来た。
「おはよう、1号良く眠れた?」
「うん、なんか寝不足だよ。パー子は?」
「私も寝不足みたい」
「二人とも、どうしたの?真夜中のデートでもしてきたみたいね」
二人が同時にあくびをするのをみたスミレコピーが言った。


『ブランコ』 完

©アルペジオ